義兄と夕飯
「義兄さん、僕この週末の連休で友人と旅行に行きますから」
夕食の席で、焼き鮭の皮を剥がしている義兄に、僕は声をかけた。その瞬間、ぴた、と彼の箸が止まる。
「……お……」
ややあって、聞こえたうめき声は血を吐くような調子の情けない内容だった。
「……俺のごはんは……? 作ってくれないの……?」
モラハラ夫のテンプレートみたいな事を、捨てられる直前の子犬みたいな潤んだ目で言わないで欲しい。別に金欠でもないのだから、自炊にこだわる必要もないだろう。
「いや、その間くらい外で食べるとかしてくださいよ」
「やーだー! はるちゃんのごはんがいいのー!」
今度は駄々っ子並みの声量でさらに情けないことを口走る。僕はため息をついて指摘した。
「大体、義兄さん普通に自炊できますよね」
「はるちゃんがこっち来てごはん作ってくれるようになったら、もうはるちゃんの色に染められちゃって」
気持ち悪い言い方をするんじゃない。
「とにかく、行きますから。一応報告はしましたからね」
なるべく強い口調で言うと、肩をすくめた義兄がさらに問いかけてくる。
「旅行っていうけど、どこ行くのさ」
「山陰の方へ。友人に誘われて帰省に同行することになりました」
帰省に同行、と義兄は僕の言葉をおうむ返しにする。「はるちゃんって家族水入らずに水を差すタイプには見えないけど」
僕はこの夕飯中何度目かのため息をついた。自分の分のお茶漬けに箸をつけながら言い返す。
「誘われてって言いましたよね僕?」
「いや誘われても遠慮するでしょ普通」
この義兄の口から「普通」とか「常識」とかそういう類の言葉を聞くとは思わなかった。
「事情があるならキリキリ白状しなさい、ほれ」
言われ、僕は義兄に説明するため友人との会話を思い起こした。




