ぷろぽ ぉず
――ふと目を上げると、義兄が振り向くところだった。
「ん、どうしたのはるちゃん?」
「い……いえ、なんでも」
咄嗟に首を横に振る。周囲は朽ちて崩れた木材と壁材が散乱した廃墟。先ほどまで僕が見ていた光景は、もうどこにもなかった。
あれは単なる夢だったのか。この場所が見せた幻だったのか。
僕は一度義兄から手を離し、広間の方に振り返った。そこに落ちていた手帳を拾い上げる。
――ぽ――
頭の中に声が忍び込んできた。
僕はジャケットの中に入っていた帯留めを、服の上から押さえる。手帳をジャケットの内ポケットに納める前に、開いて走り書きを残した。
――わかってます、わかってますから。
そう、書いた内容を頭の中で繰り返せば、くつくつ、と無邪気そうな笑い声が響く。
……戻ってきた僕に、義兄は何も言わない。ただ一度だけ、一瞬だけ、僕の後ろに視線を投げ、まるでそれ自体が気のせいだとでもいうように僕へ視線を戻した。
「さ、帰ろうはるちゃん。俺お腹空いちゃった」
それがあまりにもいつも通りのさかえ義兄さんで、僕は思わず吹き出した。
「そば、食べて帰ります?」
僕が問いかけると、義兄はいつも通りの笑みに顔を歪めて、いいねえ、と歓声をあげる。
「そばの美味しい店検索かけようよ。今日は俺が奢っちゃうよ」
「ははは」
思わず、声を立てて笑ってしまった。いつも通りの笑い声になった。
「ありがとうございます、義兄さん。ご馳走になります」
――西洋では、「ぷろぽおず」というのでしょう?――
広間で言われた言葉を思い出す。
僕は、深く考えるのをやめた。
ただ、義兄について廃墟を出る僕は、うなじに妙な熱を感じている。
――ずっと、見守っているわ――
僕の目はもう、あの白い影を見ることはなかった。けれどそれは、僕と彼女との縁が切れた、というわけではなかった。
「はるちゃん」
義兄は僕の手を掴み、ゆっくりと揺らしてから、山道に目を向ける。
「はるちゃんの目指す仕事、取材がとっても大変になるねぇ」
僕は義兄を見上げたが、彼は振り返らず歩き出した。
「……はい、わかってます」
僕はただ、それだけ返事をして、義兄を追いかけて歩き出した。




