第96話 魔王ニコラス
エルシオン王国から戻って数日。
二人は今日も文献と向き合っていた。
古代魔法。
錬金術。
失われた魔導書。
寿命に関する記録を片っ端から調べ続ける。
「これも違うね」
フィオナが一冊の本を閉じる。
リュカも苦笑した。
「なかなか見つからないな」
「次は、その箱の文献を見てみようか」
「うん」
部屋の隅に積まれていた古い文献箱。
その中から、一冊の黒ずんだ古文書を取り出す。
表紙は擦り切れ、題名も読めなくなっていた。
「ずいぶん古いね」
「開いてみよう」
慎重にページをめくる。
そこに記されていたのは。
かつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ、一人の魔王の記録だった。
「魔王ニコラス……」
リュカが小さく呟く。
大聖女ミュゲ・ジプソフィルによって討伐された、史上最悪の魔王。
二人も何度も耳にしてきた名だった。
リュカはさらに読み進める。
そして。
ある一文で手が止まった。
「……千年?」
「え?」
フィオナも文献を覗き込む。
そこには、はっきりと記されていた。
――魔王ニコラス。
――千年を生きた人間。
「人間……?」
リュカは思わず声を漏らす。
「魔王って、人間だったんだ」
フィオナも目を丸くした。
「本当だ……」
二人は顔を見合わせる。
しばらく誰も口を開かなかった。
そして。
フィオナが苦笑する。
「盲点だったね」
「うん」
リュカも静かに頷く。
「魔王って呼ばれていたから」
「最初から魔物か何かだと思い込んでた」
「私も」
「よく考えれば」
「魔王は種族じゃない」
「世界を滅ぼそうとした者へ付けられた呼び名だったんだ」
フィオナは額へ手を当てた。
「なんで今まで気付かなかったんだろう」
「私まで思い込んでた」
長命のエルフであるフィオナですら、その発想はなかった。
魔王。
その呼び名が、いつの間にか「人ではない何か」という印象を二人の中へ植え付けていたのだ。
リュカは再び文献へ目を落とす。
「でも」
「人間が千年生きたっていうなら」
鼓動が速くなる。
「そこに」
「何かあるかもしれない」
フィオナも真剣な表情で頷いた。
「うん」
「続きを読むよ」
二人は再び古文書へ目を落とした。
それが。
希望への手掛かりなのか。
それとも。
新たな絶望の始まりなのかも知らないまま。




