第91話 人の子と蝶
静かな沈黙が流れる。
アルディオンは窓の外に広がる世界樹を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「人の子は、蝶を飼うことがある」
リュカは首を傾げる。
「蝶……ですか?」
アルディオンは静かに頷いた。
「美しい羽を持つ蝶を」
「大切に育てる者もいる」
「毎日世話をし」
「愛情を注ぎ」
「その小さな命を慈しむ」
一度言葉を切る。
「だが」
「どれほど愛そうとも」
「どれほど大切に育てようとも」
「蝶に冬を越させることはできない」
部屋に静寂が訪れる。
「それが」
「その生命に定められた理だからだ」
リュカは何も言えなかった。
アルディオンは静かに続ける。
「我らエルフから見た人間も」
「それと同じだ」
「人の一生は、あまりにも短い」
「我らの時の流れからすれば」
「春に生まれ」
「秋を迎えることなく散る蝶のようなものだ」
その声には、嘲りも軽蔑もなかった。
ただ、長い時を生きる者だけが知る現実があった。
「だから我らは」
「人間へ深く執着しない」
「別れが訪れることを知っているからだ」
「短すぎる命へ執着する必要はない」
その言葉は冷たく聞こえた。
けれど。
アルディオンの表情は穏やかだった。
悪意ではない。
リュカを否定しているわけでもない。
精霊として。
数千年という時を生きるエルフとして。
生命の理を、そのまま語っているだけだった。
だからこそ。
その言葉は、リュカの胸へ静かに、そして深く突き刺さった。




