第90話 人間の命
翌日。
リュカとフィオナは、精霊王アルディオンの私室を訪れていた。
大きな窓の向こうには、世界樹が静かに枝葉を広げている。
柔らかな木漏れ日が部屋へ差し込み、穏やかな空気が流れていた。
しばらく他愛のない話を交わしたあと。
フィオナは静かに表情を引き締めた。
「パパ」
「一つ、聞きたいことがあるの」
アルディオンは穏やかに頷く。
「何だい?」
フィオナは隣に座るリュカを見つめ、それから父へ視線を戻した。
「人間の寿命を延ばす方法はないの?」
部屋が静まり返る。
アルディオンはすぐには答えなかった。
ゆっくりと窓の外にそびえる世界樹へ視線を向ける。
長い沈黙の末。
静かに首を横へ振った。
「ない」
短い一言だった。
しかし、その言葉は二人の胸へ重く響く。
アルディオンは静かに続けた。
「これより語るは」
「長き時を生きる我ら精霊が、そのように理解している生命の理だ」
リュカは黙って耳を傾ける。
「人間には定命がある」
「それは、生まれた瞬間より定められている」
「病を治すことはできる」
「怪我を癒やすこともできる」
「だが」
「我ら精霊の知る限り」
「本質的に寿命を延ばす術は存在しない」
リュカは思わず身を乗り出した。
「でも……」
「世界には、まだ知られていない魔法もあります」
「古代魔法も」
「錬金術も」
「失われた秘術も」
「本当に、方法はないのですか」
アルディオンは真っ直ぐリュカを見つめる。
その瞳に、青年の願いを否定しようという色はなかった。
ただ。
永い時を生き、多くの命を見送ってきた者だけが知る現実が宿っていた。
「ない」
再び、静かな声が響く。
「少なくとも」
「私の知る限りでは」
「存在しない」
その答えを聞き、リュカはゆっくりと俯いた。
部屋を重い沈黙が包む。
アルディオンは二人の様子を静かに見つめ、小さく息を吐く。
「だが」
「なぜ私が、そのように断言できるのか」
「その理由を話そう」
そう言って、精霊王は静かに語り始めた。




