第8話 精霊眼
「でもさ」
リュカは、ふと疑問に思った。
先ほどからフィオナは、当然のように話している。
火の魔粒子。
水の魔粒子。
風の魔粒子。
土の魔粒子。
それらが自分の魔力に反応している。
激しく衝突している。
そして、一つになろうとしている。
まるで、その瞬間を実際に見たかのように。
「どうして、そんなことが分かるの?」
「ん?」
フィオナが首を傾げる。
「僕の周りで四種類の魔粒子が動いてるとか、爆裂魔法を使った時に衝突してるとか」
「うん」
「どうして分かるの?」
するとフィオナは、不思議そうな顔をした。
そして、自分の瞳を指差す。
「見えるから」
「……何が?」
「魔粒子が」
「え?」
リュカは目を瞬かせた。
「魔粒子が見えるの?」
「うん」
「本当に?」
「嘘をついてどうするの?」
「いや、だって……」
リュカはフィオナの瞳をじっと見つめた。
「人間には見えないよ」
「私は人間じゃないけど」
「あ」
言われてみれば、その通りだった。
長い髪の間から覗く、尖った耳。
人間離れした美しい容姿。
そして何より。
彼女はエルフだ。
「エルフには、魔粒子が見えるの?」
「正確には、私たち有身精霊にはね」
「有身精霊……」
リュカはその言葉を知っていた。
エルフ。
ドワーフ。
竜。
彼らは人間と同じように肉体を持ちながら、その本質は人とは異なる。
人と友好的な精霊が、長い年月を経て受肉した存在。
それが、有身精霊。
「私たちエルフはね、もともとは精霊なんだよ」
フィオナは自分の胸に手を当てる。
「人と友好的な精霊が、長い年月をかけて肉体を得た。だからこうして人と同じような姿をして、ご飯を食べたり、眠ったり、お酒を飲んだりできる」
「最後の必要?」
「必要だよ」
「そうなんだ……」
「とても大事」
真剣な顔だった。
リュカは、それ以上何も言わないことにした。
「まあ、とにかく」
フィオナは話を戻す。
「肉体を持っていても、私たちの本質は精霊に近い。だから、人間には見えないものも見えるんだ」
「それが、魔粒子?」
「そう」
フィオナは頷いた。
「魔素も見える。魔粒子も見える。それから――」
フィオナは森の奥へ視線を向けた。
「妖精もね」
「妖精?」
「うん」
「妖精って……あの妖精?」
「どの妖精?」
「小さくて、羽が生えてて、森の中を飛んでるような」
「そうそう」
「本当にいるの?」
「いるよ」
あまりにも当然のように答えられた。
リュカは思わず周囲を見渡す。
木々。
草。
揺れる葉。
木漏れ日。
けれど、何も見えない。
「……どこに?」
「そこ」
フィオナが指差す。
リュカは見る。
「どこ?」
「そこの木の枝」
「何もいないよ」
「いるよ」
「いないよ」
「いるって」
「見えないって」
フィオナが笑った。
「だから、人間には見えないんだよ」
「あ……」
リュカは納得した。
そして、もう一度その枝を見る。
何もいない。
少なくとも、リュカにはそう見える。
けれど。
もしかすると、そこには本当にいるのかもしれない。
自分には見えないだけで。
「私たち有身精霊には、精霊眼がある」
フィオナは再び自分の瞳を指差した。
「普通の人間が目で光を見るように、私たちは魔素や魔粒子を見ることができる」
「どんなふうに見えるの?」
「どんなふうって……」
フィオナは少し考える。
「説明が難しいなあ」
「色があるの?」
「あるよ」
「火は赤?」
「うん」
「水は青?」
「そう」
「風は?」
「緑」
「土は黄色?」
「そんな感じ」
リュカは思わず感嘆の声を漏らした。
「いいな……」
「何が?」
「精霊眼」
「そう?」
「だって、魔粒子が見えるんでしょ?」
「見えるね」
「僕にも魔粒子が見えたら、自分の魔法が何なのか分かったかもしれない」
そう言ってから。
リュカは少し寂しそうに笑った。
「まあ、僕には関係ないけど」
「どうして?」
「僕は人間だから」
「うん」
「人間には精霊眼がないんでしょ?」
「基本的にはね」
「だったら、やっぱり僕には見えないよ」
リュカは諦めたように肩をすくめた。
「せっかく僕の周りで四つの魔粒子が反応してるって分かっても、自分じゃ見えないんだから」
フィオナは黙ってリュカを見る。
「……何?」
「いや」
「何?」
「君ってさ」
「うん」
「諦めるの早くない?」
「だって、人間だし」
「それ、さっきも聞いた」
「事実だから」
「三年間も魔法の勉強を続けてた人が?」
リュカは黙った。
「何度失敗しても?」
「……」
「火も、水も、風も、土も使えないのに?」
「それは……」
「それなのに三年間、ずっと諦めなかったんでしょ?」
フィオナは首を傾げる。
「なのに、どうして今はそんなに簡単に諦めるの?」
リュカは答えられなかった。
三年間。
何度も挑戦した。
何度も失敗した。
それでも、いつか魔法が使えるようになると信じていた。
けれど。
今は違う。
三年間の失敗。
仲間たちから浴びせられた言葉。
そして、最後には捨てられた。
それらすべてが、リュカから期待することを奪っていた。
期待すれば、傷つく。
信じれば、裏切られる。
だったら最初から諦めたほうがいい。
いつの間にか、そう思うようになっていた。
「まあ、いいけどね」
フィオナは立ち上がった。
「……え?」
「ちょっと待ってて」
「どこ行くの?」
「すぐそこ」
フィオナは天幕のそばに置いていた荷物の前へしゃがみ込む。
大きな革製の鞄。
その中へ手を入れ、ごそごそと何かを探し始める。
「違う」
ぽいっ。
小さな袋が地面へ置かれる。
「これでもない」
ぽいっ。
小瓶。
「どこに入れたっけ」
「何を探してるの?」
「眼鏡」
「眼鏡?」
「あった」
フィオナが振り返る。
その手には、一つの眼鏡が握られていた。
見たことのない形だった。
繊細な装飾が施されたフレーム。
淡い光を帯びた透明なレンズ。
ただの眼鏡ではない。
リュカにも分かった。
魔導具だ。
しかも。
おそらく、極めて高度な。
フィオナはリュカの前まで戻ってくる。
そして。
「はい」
何の説明もなく、眼鏡を差し出した。
リュカは受け取らず、眼鏡とフィオナを交互に見る。
「……何これ?」
「妖精眼鏡」
「妖精……眼鏡?」
「うん」
フィオナは笑った。
「人間にも、魔粒子と妖精が見えるようになる眼鏡だよ」
「……え?」
リュカは固まった。
ほんの少し前まで。
人間だから見えない。
自分には関係ない。
そう思っていた。
けれど。
目の前のエルフは、そんなリュカの諦めを。
あまりにも簡単に覆した。




