第7話 魔粒子って何?
フィオナの野営地は、森の外れにあった。
木々に囲まれた小さな空き地。
そこには簡素な天幕と、焚き火の跡がある。
フィオナに案内されるまま、リュカは焚き火のそばに腰を下ろした。
「はい」
差し出されたのは、水の入った木製の杯だった。
「あ、ありがとう」
リュカは両手で受け取り、ゆっくりと口をつける。
冷たい水が、乾いた喉を潤していく。
泣きすぎたせいだろう。
喉がひどく痛かった。
フィオナはリュカの向かい側に座ると、頬杖をついて彼を眺めた。
「それで」
「……はい」
「さっきの魔法」
リュカの手が止まった。
「あれ、本当に何なの?」
「……分からないよ」
「名前は?」
「爆裂魔法って呼んでる」
「誰がつけたの?」
「僕たちが」
「つまり、正式名称じゃないんだ」
「うん」
フィオナは腕を組む。
「ふうん……」
しばらく考え込んだ後、もう一度リュカを見る。
「魔粒子については?」
「知ってるよ」
「へえ」
フィオナが少し意外そうな顔をした。
「本当に?」
「本当にって……」
「だって、さっき『魔粒子?』って顔してたから」
「あれは突然言われたからだよ」
リュカは少しだけむっとする。
魔法は使えない。
けれど、勉強だけは続けてきた。
三年間。
いつか自分にも、普通の魔法が使えるようになると信じて。
「魔素を構成する最小単位。別名、エレメント」
リュカは指を一本ずつ立てていく。
「火の魔粒子」
二本目。
「水の魔粒子」
三本目。
「風の魔粒子」
四本目。
「土の魔粒子」
フィオナが感心したように頷く。
「正解」
「これでも三年間、魔法の勉強は続けてきたんだよ」
「使えないのに?」
「……」
「あ」
フィオナが口元を押さえた。
「ごめん」
「いいよ。事実だから」
リュカは苦笑した。
けれど、少しだけ胸が痛んだ。
火。
水。
風。
土。
何度試しただろう。
火球を生み出そうとした。
水を生み出そうとした。
風を起こそうとした。
土を操ろうとした。
魔導書を読んだ。
術式を覚えた。
魔力の流し方を学んだ。
何度も。
何度も。
それでも、一度として成功しなかった。
「僕には、四大属性の適性がないんだ」
「うん」
「十六歳の時、冒険者ギルドで検査した。魔力量だけなら、検査を担当した人が驚くくらいあった。でも、火も水も風も土も、全部駄目だった」
「なるほどね」
「だから、おかしいんだよ」
リュカはフィオナを見る。
「さっき君は言ったよね。僕の周りでは、四種類全部の魔粒子が反応してるって」
「言ったよ」
「そんなはずない」
リュカは首を横に振る。
「だって僕には、どの属性にも適性がないんだから」
「うん」
「……うん?」
あまりにも簡単に肯定され、リュカは目を瞬かせる。
フィオナは真剣な顔で頷いた。
「だから、おかしいんだよ」
「……どういうこと?」
「普通なら、適性のない魔粒子は、術者の魔力にほとんど反応しない」
フィオナは地面に指で円を描いた。
「たとえば、火属性の適性を持つ魔法使いがいるとする。その人が魔力を放てば、周囲にある火の魔粒子が強く反応する」
円の中に、小さな点をいくつも描く。
「水属性なら水。風属性なら風。土属性なら土」
「うん」
「もちろん、複数の属性に適性を持つ人間もいるけどね」
「それも知ってる」
「じゃあ話は早い」
フィオナは顔を上げた。
「でも、君は違う」
「……」
「火も、水も、風も、土も。四つ全部が君の魔力に反応してる」
リュカは黙った。
信じられなかった。
三年間。
自分は何一つ使えなかったのだ。
四つ全部どころか、一つさえ。
「そんなはずないよ」
「でも、私は見た」
「僕は何度も試したんだ」
「うん」
「火も出なかった。水も出なかった。風も起こせなかった。土だって動かなかった」
「うん」
「だったら、やっぱり僕には才能なんて――」
「だから」
フィオナが遮った。
「普通の魔法使いとは違うんじゃない?」
リュカは言葉を失う。
「……違う?」
「うん」
フィオナは少し考える。
「普通の魔法使いは、魔素の中から自分の適性に合った魔粒子を取り出して利用する」
火の魔粒子を使えば、火魔法。
水の魔粒子を使えば、水魔法。
風なら風。
土なら土。
「でも君は、そうじゃない」
「どうして分かるの?」
「さっき見たから」
フィオナの表情が変わった。
先ほどの爆発。
その瞬間に起きていた、異常な現象。
「君が爆裂魔法を使った瞬間、火、水、風、土――四種類すべての魔粒子が動いた」
「……全部?」
「うん」
フィオナは頷く。
「そして、互いにぶつかってた」
「ぶつかる?」
「正確には……」
フィオナは少し言葉を探す。
「衝突して、混ざり合って、一つになろうとしていた」
「一つに……」
リュカには理解できなかった。
そんな魔法は知らない。
魔導書にも書かれていなかった。
「それで、爆発したの?」
「たぶんね」
「たぶん?」
「私だって、あんなもの初めて見たんだよ」
フィオナは少しむっとしたように答える。
「何でも知ってるわけじゃないからね」
「あ、ごめん」
「でも」
フィオナは再び考え込む。
「一つだけ分かることがある」
「何?」
「あれは普通の火魔法じゃない」
リュカは無意識に息を呑んだ。
三年間。
誰もそんなことを言わなかった。
爆発する。
だから火属性。
それだけだった。
けれど、目の前のエルフだけは違う。
自分でも知らなかった何かを見ている。
「……じゃあ、僕の魔法は何なの?」
「分からない」
即答だった。
「分からないんだ……」
「仕方ないでしょ。初めて見たんだから」
「そうだけど……」
フィオナは頬杖をつきながら、じっとリュカを見る。
その視線に耐えられず、リュカは少し身を引いた。
「な、何?」
「やっぱり変だね」
「……僕が?」
「違う違う」
フィオナは手を振る。
「君の魔法が」
「そう……」
「でも、面白い」
「面白い?」
「うん」
フィオナの瞳が輝く。
「だって、誰も知らない魔法かもしれないんだよ?」
「……僕のが?」
「そう」
「でも僕、無能だよ」
「それは誰が決めたの?」
リュカは答えられなかった。
レイン。
ヴィオラ。
ガルド。
セシリア。
そして。
自分自身。
「少なくとも」
フィオナはリュカをまっすぐに見た。
「私は、四つの魔粒子すべてが君に反応するところを見た」
「……」
「だから君は、何も持っていないわけじゃないよ」
リュカの胸の奥が、微かに揺れた。
三年間。
一度も言われなかった言葉だった。
何も持っていないわけじゃない。
たったそれだけの言葉なのに。
どうしてだろう。
泣きそうになった。
リュカは慌てて俯く。
フィオナはそんな彼を見ながら、少し考え込んだ。
そして、静かに告げる。
「もしかしたら君――」
リュカが顔を上げる。
「失われた魔法の才能を持っているのかもしれないよ」
風が吹いた。
木々の葉が揺れる。
リュカは何も答えられなかった。
ただ。
無能だと思っていた自分の中に。
ほんの少しだけ。
まだ自分の知らない何かがあるのかもしれない。
生まれて初めて。
そう思った。




