第88話 故郷
エルシオン王国を歩くたび。
フィオナの表情は、少しずつ柔らかくなっていった。
「懐かしいなぁ」
足取りも自然と軽くなる。
リュカは、そんなフィオナを見るのが初めてだった。
旅の途中で見せる笑顔とも。
村で暮らしている時の笑顔とも違う。
どこか幼い頃へ戻ったような笑顔だった。
「あっ、見て!」
フィオナが一本の大樹を指差す。
「この木!」
「子どもの頃、よく登って遊んでたんだ」
「へぇ」
「一番上まで登ろうとしてね」
一拍置いて、照れ笑いを浮かべる。
「落ちた」
「えっ」
「パパにものすごく怒られた」
リュカは思わず吹き出した。
「フィオナらしいなぁ」
「でしょ?」
二人は顔を見合わせて笑う。
その笑い声を聞いた近くのエルフたちも、穏やかに微笑んだ。
「あの頃と変わりませんね」
「本当に」
「お転婆姫のままだ」
懐かしそうな声だった。
けれど、その笑顔はどこか儚い。
まるで、短い夢を見つめるような優しい眼差しだった。
フィオナはそんな空気には気付かず、嬉しそうに故郷を歩いていく。
「こっちはね、よくお昼寝してた場所」
「この川で魚を捕まえて」
「向こうの花畑では妖精たちと遊んでたんだ」
一つひとつの景色に、思い出がある。
リュカは静かに耳を傾けた。
自分の知らないフィオナ。
子どもだった頃のフィオナ。
今歩いている道のすべてが、彼女の人生そのものだった。
やがて。
二人は世界樹を見渡せる小高い丘へたどり着く。
風が優しく吹き抜ける。
フィオナはゆっくりと目を細めた。
「……帰ってきたんだ」
その声は、とても穏やかだった。
何百年という時を経ても。
故郷は変わらず、そこにあった。
フィオナは世界樹を見上げ、小さく微笑む。
「……ただいま」
その一言を。
故郷の森は、静かに迎え入れるように風で応えた。




