第87話 エルシオン王国
数日後。
二人はエルシオン王国を目指し、旅立った。
森を越え。
山を越え。
幾日も歩き続ける。
そして。
「着いたよ」
フィオナが足を止めた。
リュカも顔を上げる。
目の前には、空へ届くほど巨大な世界樹がそびえ立っていた。
澄み切った川。
どこまでも続く緑の森。
花々が咲き誇り、空気は濃密な魔粒子に満ちている。
一度深呼吸するだけで、身体中へ魔力が満ちていくようだった。
「すごい……」
リュカは思わず息を呑む。
「ここが、エルシオン王国……」
フィオナは懐かしそうに微笑む。
「うん」
「私の故郷」
二人が森の中を歩いていると、一人のエルフがこちらへ気付いた。
「あれ?」
「フィオナ姫?」
その声をきっかけに、次々とエルフたちが集まってくる。
「あっ!」
「お転婆姫のお帰りだ!」
「本当だ!」
「お帰りなさい!」
皆が嬉しそうに手を振る。
フィオナも笑顔で応えた。
「ただいま!」
一人の女性エルフが笑いながら言う。
「今回は早かったね」
「前は百年くらい帰ってこなかったのに」
「百年?」
リュカは思わず聞き返す。
フィオナは「あっ」という顔をした。
「そういえば、そうだった」
「えっ……」
リュカは少し青ざめる。
「前、一週間帰ってこなかっただけで、僕あんなに心配してたのに……」
「百年って」
「エルフからしたら、それが普通なの?」
フィオナは少し申し訳なさそうに笑った。
「うん」
「たまにしか帰らないから」
リュカは思わず額へ手を当てた。
「なるほど……」
「僕とフィオナじゃ、時間の感覚がそこまで違うんだ……」
そこへ、一人の青年エルフがリュカへ視線を向ける。
「ところで」
「そちらの方は?」
「人間?」
「人の子?」
フィオナは照れくさそうに笑った。
「うん」
そして。
少しだけ誇らしそうに胸を張る。
「私の夫」
その瞬間だった。
集まっていたエルフたちの表情が、一斉に変わる。
笑顔が消える。
森が静まり返る。
リュカは、その空気の変化をはっきりと感じた。
責めているわけではない。
怒っているわけでもない。
向けられているのは。
どこか悲しみを含んだ。
あまりにも優しい。
それでいて、どうしようもない現実を知る者だけが浮かべるような、憐れみの眼差しだった。
リュカは、その意味をまだ知らなかった。




