第86話 王女らしくない王女
数日後。
二人はエルシオン王国へ向かう準備を進めていた。
旅に必要な荷物をまとめるフィオナ。
その隣では、リュカが落ち着かない様子で部屋の中を行ったり来たりしている。
「忘れ物ないかな……」
「挨拶の言葉はこれでいいのかな……」
「服もこれで大丈夫かな……」
ぶつぶつと独り言を繰り返す。
そんな様子を見て、フィオナは思わず笑った。
「そんなに緊張しなくていいよ」
「するよ!」
リュカは即座に答える。
「君のお父さん、精霊王なんだよ!?」
「お母さんだって王妃様なんでしょ!?」
「うちのパパもママも優しいよ」
「本当に?」
「多分」
「また多分!?」
リュカは頭を抱えた。
「そこは『絶対』って言ってほしいんだけど……」
フィオナはくすくすと笑う。
ひとしきり笑ったあと、不思議そうに首を傾げた。
「そんなに気になる?」
「気になるよ」
「僕からしたら、王様も王妃様も雲の上の人だから」
フィオナは少し考え、小さく微笑んだ。
「私ね」
「あんまり王女って意識したことないんだ」
「え?」
「パパはパパだし」
「ママはママ」
「お兄ちゃんも、お姉ちゃんも」
「みんな普通の家族だったから」
リュカは静かに耳を傾ける。
「私にとって王女って」
「自分の一部ではあるけど」
「それが私の全部じゃない」
「私は私」
「王女だから偉いとも思わないし」
「特別だとも思わない」
その言葉は、とても自然だった。
肩書きに縛られていない。
だからこそフィオナは、誰に対しても分け隔てなく笑い、同じように接することができる。
村人にも。
妖精にも。
そして、リュカにも。
リュカは優しく微笑んだ。
「やっぱりフィオナは、フィオナだね」
「何それ」
「褒めてるよ」
「ふふっ」
フィオナは少し照れくさそうに笑う。
リュカもつられて笑った。
エルシオン王国の王女。
そんな肩書きを知った今でも。
目の前にいるのは、祭りではしゃぎ、お弁当を焦がし、「祭りは別腹!」と笑っていた、いつものフィオナだった。
そのことが、リュカは少し嬉しかった。




