第85話 パパとママなら知ってるかも
その日も。
二人は机いっぱいに本を広げ、古い文献と向き合っていた。
古代魔法。
錬金術。
失われた魔導書。
世界中の文献を調べ尽くしても、人間の寿命を延ばす方法は見つからない。
「うーん……」
リュカは本を閉じ、大きく伸びをした。
「完全に行き詰まったね」
「そうだね」
フィオナも苦笑する。
しばらく沈黙が流れる。
暖炉の火が静かに揺れる中、フィオナがふと思い出したように呟いた。
「……パパとママなら、何か知ってるかも」
「パパとママ?」
「うん」
「私のお父さんとお母さん」
「それは分かるけど……」
リュカは首を傾げる。
フィオナはお茶を一口飲みながら、何気ない口調で答えた。
「エルシオン王国を治めてるの」
「……え?」
「パパは精霊王」
「ママは王妃」
リュカの動きがぴたりと止まる。
「…………え?」
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!」
リュカは勢いよく立ち上がった。
「えええぇぇぇぇぇっ!?」
家中に叫び声が響き渡る。
「先に言ってよ!」
「聞かれなかったから」
「普通は言うだろ!」
フィオナは不思議そうに首を傾げた。
「そう?」
「そうだよ!」
リュカは頭を抱える。
「ていうか!」
「挨拶もしないで結婚してよかったの!?」
フィオナは少し考え込む。
「うーん……」
「今さら?」
「今さらだけど!」
「大丈夫じゃない?」
「多分」
「多分!?」
「怒られるかな」
「怒らないとは思うけど」
「思うけど!?」
リュカはその場にしゃがみ込んだ。
「待って……」
「僕、下手したら打ち首じゃない?」
「え?」
「エルフの王女様と勝手に結婚したんだよ!?」
「寿命を延ばす方法を探す前に、僕が先に殺されちゃうかもしれない!」
フィオナは思わず吹き出した。
「あははっ」
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「多分」
「また多分!?」
リュカは天を仰ぐ。
「僕の人生、多分に左右されすぎなんだけど……」
フィオナは笑いながら肩をすくめた。
「パパもママも優しいから」
「そこは『絶対』って言ってほしいなぁ……」
その時。
リュカは何かを思い出したように顔を上げた。
「あっ」
「どうしたの?」
「僕の両親にも、まだ結婚の報告をしてない」
「あっ、そういえば」
「笑い事じゃないよ!」
「あははは!」
フィオナは楽しそうに笑う。
その笑顔につられ、リュカも思わず苦笑した。
寿命の問題。
精霊王夫妻への挨拶。
そして、自分の両親への結婚報告。
問題は山積みだ。
それでも。
二人なら、きっと一つずつ乗り越えていける。
そんな気がしていた。




