第81話 はい
しばらくの間。
二人は何も言わなかった。
暖炉の火だけが静かに揺れている。
フィオナは涙を拭い、ゆっくりと顔を上げた。
目の前には、優しく微笑むリュカがいる。
その笑顔を見ると、また涙が溢れそうになる。
「……ずるい」
フィオナは泣き笑いのような表情で呟いた。
「そんなこと言われたら」
「もう、断れないじゃない」
リュカは何も言わない。
ただ、静かにフィオナを見つめていた。
フィオナは一歩前へ歩く。
そして、そっとリュカの手を握った。
「ずっと怖かった」
「幸せになることも」
「あなたを愛することも」
「全部、怖かった」
小さく笑う。
「でも」
「あなたは、それでも一緒に未来を探そうって言ってくれた」
涙が頬を伝う。
「だったら」
「私も逃げない」
真っ直ぐリュカを見つめる。
もう迷いはなかった。
「リュカ」
照れくさそうに笑う。
「……はい」
その一言に。
リュカは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう」
指輪の箱を開き、フィオナの左手をそっと取る。
「少し冷たいね」
「緊張してるから」
「僕もだよ」
二人は照れ笑いを浮かべる。
ゆっくりと。
薬指へ指輪が通される。
続いてフィオナも、もう一つの指輪をリュカの薬指へはめた。
二人は並んだ指輪を見つめた。
どちらからともなく笑みがこぼれる。
「似合ってる?」
「うん」
「すごく似合ってる」
フィオナは嬉しそうに指輪を撫でた。
それは。
永遠を約束するものではない。
それでも。
二人で未来を歩いていくと決めた証だった。
フィオナは一歩近づき、そっとリュカへ抱きつく。
リュカも優しく抱きしめ返した。
しばらく互いの温もりを確かめ合う。
やがてフィオナが顔を上げる。
涙で潤んだ瞳が、リュカを映していた。
二人は自然と見つめ合う。
言葉はいらなかった。
ゆっくりと距離が縮まり。
唇がそっと重なる。
短く。
優しく。
それでいて、これまでで一番温かな口づけだった。
唇が離れると、フィオナは少し照れくさそうに笑う。
「これからも……よろしくね」
「うん」
「ずっとよろしく」
暖炉の火が、二人を優しく照らしていた。
もう。
未来から逃げることはしない。
二人で笑い。
二人で泣き。
二人で未来を探していく。
その一歩を、今日踏み出したのだから。




