第79話 愛したくなかった
長い沈黙が続いた。
暖炉の薪が、小さく音を立てる。
フィオナは俯いたまま、震える手をぎゅっと握りしめていた。
やがて。
堪えていたものが、静かに溢れ出す。
「……本当は」
小さな声。
「本当は、結婚したい」
涙が頬を伝う。
「あなたのことを愛してる」
「狂おしいほどに」
「愛してる」
震える声が、少しずつ大きくなる。
「愛してしまったの!」
リュカは何も言わない。
ただ、静かにフィオナの言葉を受け止めていた。
「じゃあ、なんで……」
フィオナは涙で滲む瞳を向ける。
「なんで、そんなこと言うの……」
そして、感情が一気に決壊した。
「あなた、本当に無神経な人!」
「あなたは、ちっとも私のこと考えてくれない!」
リュカは静かに首を振る。
「そんなこと――」
「ある!」
フィオナは叫んだ。
「少し森へ行った時、あなた怒ったでしょ!」
「あれと同じなの!」
「あの時、たった一週間会えなかっただけで、あなたは苦しかった!」
「でもね……」
「私にとって、あなたの一生は、一日一夜にも満たないの!」
肩を震わせながら叫ぶ。
「どうして……」
「どうして分かってくれないの!」
涙が止まらない。
「あなたは、いいかもしれない」
「でも私は違う!」
「私は、これから何千年も……何万年も生きるかもしれない!」
「あなたを失った私は……」
「どうやって生きていけばいいの!」
フィオナの脳裏を、これまでの日々が駆け巡る。
初めて祝ってもらった誕生日。
風邪で倒れたリュカ。
一緒に見上げた夜空。
村のおじいさんとの別れ。
眠るリュカの寝顔。
暖炉の前で想像した未来。
全部。
全部、大切な思い出だった。
だからこそ。
「あなたを見送りたくない」
「こんなに好きなのに」
「こんなに一緒にいたいのに」
嗚咽が混じる。
「こんなことなら……」
声にならない。
それでも、無理やり絞り出す。
「あなたを好きにならなければよかった!」
「……あの日」
「あの日、あの森を通らなければ」
「あなたに出会わなければよかった!」
「一緒に旅なんて、しなければよかった!」
子どものように声を上げて泣く。
泣いて。
泣いて。
それでも。
フィオナは何度も首を横へ振った。
「……違う」
「違うの」
「そんなこと思ってない」
「思えるわけない」
涙を拭うこともできず、リュカを見つめる。
「好きだから」
「誰よりも愛してるから」
「結婚できない」
その言葉は、誰かを拒むための言葉ではなかった。
愛しすぎてしまった、一人のエルフの悲痛な叫びだった。




