第78話 結婚してください
夜。
暖炉の火が静かに揺れている。
夕食を終えた二人は、いつものようにお茶を飲みながら穏やかな時間を過ごしていた。
他愛もない話。
笑い声。
いつもと変わらない夜。
リュカは静かに立ち上がる。
「フィオナ」
「ん?」
フィオナが首を傾げる。
リュカは机の引き出しから、小さな箱を取り出した。
その姿を見た瞬間。
フィオナの鼓動が大きく鳴る。
ゆっくりと箱が開かれる。
暖炉の灯りを受けて、一対の指輪が優しく輝いた。
リュカは真っ直ぐフィオナを見つめる。
「フィオナ」
一度、深く息を吸う。
「僕と結婚してください」
静かな部屋に、その言葉だけが響いた。
フィオナは何も言えない。
ただ、指輪を見つめる。
嬉しい。
本当に嬉しい。
胸がいっぱいになる。
でも。
同時に、胸が苦しくなる。
また、あの未来が頭をよぎる。
白い髪になったリュカ。
静かな寝顔。
その隣で、一人残される自分。
笑わなきゃ。
泣いちゃだめ。
泣いちゃだめだから。
フィオナは必死に笑顔を作った。
「……ありがとう」
声が震える。
「すごく、嬉しい」
少しだけ俯く。
唇が震えた。
「でも……」
必死に笑おうとする。
「今のままでも……いいじゃん……」
震える声だった。
自分でも分かるほど、無理に作った笑顔。
その言葉を聞いたリュカは、静かに首を横へ振る。
「フィオナ」
優しい声だった。
責める声ではない。
逃がさないという、覚悟を決めた声だった。
「今度は、ごまかさないで」
その一言で。
フィオナの笑顔が、少しずつ崩れていく。
目の奥が熱くなる。
だめ。
泣いちゃだめ。
笑って。
笑っていないと。
もう、心が壊れてしまうから。
それでも。
溢れそうになった涙は、もう止めることができなかった。




