第76話 怖かった
家へ帰ると。
二人は一言も話さなかった。
フィオナは薬箱を持ってきて、リュカを椅子へ座らせる。
「腕、出して」
「うん」
服をめくる。
傷口は思っていたより浅かった。
命に別状はない。
それでも。
フィオナの手は小さく震えていた。
薬を塗り。
包帯を巻く。
終始、無言だった。
暖炉の薪が弾ける音だけが部屋に響く。
やがて包帯を巻き終えると、フィオナはぽつりと呟いた。
「……本当に怖かった」
リュカは顔を上げる。
「フィオナ」
「もう二度と、あんな無茶しないで」
その声は震えていた。
「あなたはいつもそう」
「自分のことを後回しにして」
「自分さえ傷つけばいいって顔をする」
「そんなこと……」
「ある!」
フィオナは初めてリュカの言葉を遮った。
「今日だってそう!」
「私なら避けられた!」
「私なら平気だった!」
「なのに……」
涙が頬を伝う。
「どうして、自分が傷つくの……」
もう我慢できなかった。
フィオナはリュカへ飛びつくように抱きついた。
「本当に怖かった……」
「あなたが死んじゃうかと思った」
「嫌だった……」
「すごく、嫌だった……」
子どものように泣きじゃくる。
リュカは何も言わず、その小さな背中をそっと抱きしめた。
「……ごめん」
静かな謝罪。
フィオナは首を横に振る。
「謝ってほしいんじゃない」
「お願いだから……」
「私を一人にしないで」
その言葉は小さかった。
でも。
リュカの胸には、何よりも重く響いた。




