第74話 好きだから
リュカには、理由が分からなかった。
「家族みたいじゃなくて」
「本当の家族になりたい」
ただ、それだけだった。
なのに。
フィオナは首を縦に振らなかった。
どうしてなのか。
何が駄目なのか。
何も分からない。
その夜。
リュカが眠ったあと。
フィオナは一人、暖炉の前へ座っていた。
揺れる炎を見つめながら。
これまでの日々が、一つずつ脳裏によみがえる。
一人で食べた夕食。
雨の日。
初めて祝ってもらった誕生日。
風邪で倒れたリュカ。
夜空を見上げながら話した寿命のこと。
村のおじいさんとの別れ。
初めて交わした口づけ。
そして。
初めて、愛し合った夜。
どれも。
かけがえのない思い出だった。
そして、今日。
リュカは指輪を差し出してくれた。
『僕と結婚してください』
その言葉が、何度も胸の中で響く。
「……結婚したい」
ぽつりと、本音が零れた。
「本当は……」
誰よりも。
一緒にいたい。
朝になれば「おはよう」と言い合って。
帰れば「ただいま」と「おかえり」を交わして。
同じ食卓を囲み。
同じ家で笑い合って。
夫婦として生きていきたい。
愛したい。
愛されたい。
その願いは、誰よりも強かった。
フィオナはゆっくりと立ち上がる。
寝室へ向かう。
そこには、静かな寝息を立てるリュカがいた。
穏やかな寝顔。
その顔を見た瞬間。
また、あの日の葬儀が脳裏によみがえる。
花に囲まれた棺。
安らかな寝顔。
残された人々の涙。
いつか。
この寝顔を見る日が来る。
もう目を覚まさない日が。
必ず来る。
「……いや」
震える声が漏れる。
「あなたを見送りたくない」
頬を涙が伝う。
「好きだから……」
リュカの手を、そっと握る。
温かい。
今、この瞬間は生きている。
その温もりがあるからこそ。
失う未来を考えてしまう。
「好きだから……」
「結婚できない」
その言葉は。
誰に向けたものでもなかった。
自分自身に言い聞かせるような、小さな独り言だった。
涙は、もう止まらなかった。




