第70話 寝顔
夜。
暖炉の火も小さくなり、家の中は静かな眠りに包まれていた。
隣では、リュカが穏やかな寝息を立てている。
「……」
フィオナは眠れず、そっとその寝顔を見つめた。
安心しきった表情。
少しだけ開いた口。
規則正しい寝息。
見ているだけで、自然と笑みがこぼれる。
「……かわいいな」
前髪をそっと撫でる。
リュカはくすぐったそうに身じろぎした。
「子どもみたい」
フィオナは小さく笑う。
「食べちゃいたいな」
少しだけ顔を近づける。
唇が触れそうになって。
「……だめだめ」
自分に言い聞かせるように、小さく首を横へ振った。
恋人になってから。
何気ない毎日が、こんなにも幸せになった。
「……幸せだな」
ぽつりと呟く。
その瞬間だった。
ふと。
百年後のことを想像してしまう。
違う。
百年後も、自分は生きている。
エルフだから。
でも。
そこにリュカはいない。
胸がざわつく。
不意に、あの日の葬儀が脳裏によみがえった。
花に囲まれた棺。
穏やかな表情で眠る、おじいさん。
そして。
あの日、自分が必死に呼びかけた声まで、鮮明によみがえる。
『……ねえ』
『寝てるだけ……だよね?』
『起きてよ』
『この前まで元気だったじゃん』
あの穏やかな寝顔へ。
今、目の前で眠るリュカの寝顔が重なった。
「……っ」
胸が締めつけられる。
嫌だ。
そんな未来、見たくない。
想像したくない。
フィオナは震える手で、そっとリュカの手を握った。
温かい。
ちゃんと生きている。
ちゃんと息をしている。
ここにいる。
それだけで、少しだけ安心する。
それなのに。
いつか必ず訪れる別れを思うだけで、息が苦しくなった。
「……やだ」
誰にも聞こえないほど小さな声が漏れる。
「ずっと、一緒がいい」
ぽたり。
涙が一粒、頬を伝って枕へ落ちた。
リュカは何も知らず、安心しきった表情で眠っている。
起こしちゃだめ。
せっかく気持ちよさそうに眠っているんだから。
そう思いながらも。
フィオナは眠るリュカの手をそっと握り続けた。
この温もりが。
いつまでも、永遠に続いてほしいと願いながら。
人知れず、静かに涙を流し続けた。




