第66話 近いよ
昼下がり。
畑仕事を終えた二人は、居間でのんびりと過ごしていた。
リュカは、先日街で買った一冊の古い魔導書を机の上へ置く。
「フィオナ」
「何?」
「この前買った魔導書なんだけど」
「さっぱり読めない」
「そもそも何語なんだろう」
フィオナは本を手に取ると、ぱらぱらとページをめくった。
「あっ」
「どうしたの?」
「これ、エルフ語」
「えっ!?」
リュカは驚いて身を乗り出す。
「珍しいね」
「人間の街で売ってるなんて」
フィオナは目を輝かせた。
「しかも、この筆跡……」
「知ってる人?」
「うん!」
嬉しそうに頷く。
「これを書いた人、知ってる!」
「えっ、本当に?」
「昔、森で会ったことあるもん!」
「すごい魔術師だったんだよ!」
フィオナはすっかり夢中になっていた。
「この魔法陣ね」
「ここが普通と違うの」
「ほら、この文字!」
「この時代特有の書き方でね──」
熱弁が止まらない。
説明するために、どんどんリュカへ近づいていく。
「ここ!」
「ここが大事!」
肩が触れる。
髪が腕をかすめる。
ふわりと花のような香りが漂った。
(ち、近い……)
リュカの心臓が一気に高鳴る。
けれど。
フィオナはまったく気付いていない。
「だからね!」
「この術式は──」
「フィ、フィオナ」
「ん?」
「近いよ」
「え?」
ようやく顔を上げたフィオナは、自分とリュカの距離に気付いた。
「……あ」
二人の鼻先が、あと少しで触れそうなほど近い。
フィオナは慌てて飛び退いた。
「ご、ごめん!」
「読むにはこれくらい近づかないと見えないかなって!」
「いや、見えると思うけど……」
リュカも真っ赤な顔で苦笑する。
しばらく沈黙が流れた。
そして。
二人は顔を見合わせると、同時に吹き出した。
「恋人になってから、照れてばっかりだね」
フィオナが笑う。
「うん」
リュカも照れ笑いを浮かべた。
魔導書の内容は半分も頭に入らなかった。
それでも。
二人にとっては、忘れられない午後になった。




