第64話 恋人になった日
翌朝。
窓から差し込む朝日で、二人は目を覚ました。
「おはよう」
先に起きていたリュカが笑う。
「……お、おはよう」
フィオナも少し照れながら挨拶を返した。
昨日までは、何でもなかった。
それなのに。
恋人になった途端、たった一言の挨拶さえ照れくさい。
朝食を囲む。
いつもと同じ席。
いつもと同じ料理。
いつもと同じ時間。
何も変わっていない。
それなのに。
目が合うたび、お互い慌てて視線を逸らしてしまう。
「……」
「……」
静かな食卓。
やがてフィオナが吹き出した。
「なんか変だね」
「うん」
リュカも苦笑する。
「昨日までは普通だったのに」
「恋人って意識すると、急に恥ずかしくなる」
「分かる」
二人は顔を見合わせ、照れ笑いを浮かべた。
朝食を終えると、いつものように畑へ向かう。
土を耕し。
野菜へ水をやり。
妖精たちと他愛もない話をする。
昼になれば一緒に昼食を食べ。
午後も畑仕事を続ける。
夕方には、二人で夕食の準備をする。
「味見して」
フィオナがスープを差し出す。
リュカは思わず身を乗り出した。
「あっ……」
二人の顔が思ったより近かった。
「ち、近い!」
慌てて距離を取るリュカ。
フィオナも耳まで真っ赤になる。
「ご、ごめん」
「いや、僕の方こそ」
少し気まずい沈黙。
そして、また二人同時に笑ってしまった。
「恋人って、こんな感じなんだ」
フィオナが照れくさそうに呟く。
「僕も初めてだから分からないよ」
リュカが頭をかく。
「私も」
「え?」
思わず聞き返す。
「フィオナも初めてなの?」
「……何?」
じーっと見つめられる。
「いや、その……」
「絶対、失礼なこと考えたでしょ?」
「ち、違うよ!」
リュカは慌てて手を振る。
「だって、フィオナって何千年も生きてるから……」
「初めてですよ!」
フィオナはぷいっと顔を背けた。
「悪かったね!」
「私、箱入りで育ったし!」
「森を出てからも、ずーっと一人旅ばっかりしてたの!」
「そ、そうだったんだ」
「そうだよ!」
「勝手に恋愛経験豊富みたいに思わないでよ」
「ごめん、ごめん」
リュカは苦笑しながら頭を下げる。
「僕も初めてだから」
「その……」
「上手くリードできなくて、ごめんね」
その言葉に、フィオナは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして、ふっと優しく笑う。
「謝らなくていいよ」
「私も初めてなんだから」
そう言って、そっとリュカの手を握る。
「一歩ずつ歩んでいこ?」
リュカも優しく握り返した。
「うん」
焦らなくていい。
背伸びをしなくてもいい。
二人には、二人の歩幅がある。
恋人になって最初の一日は、照れくさくて、少しくすぐったくて。
でも、何より幸せな一日だった。




