第63話 好き
夕暮れ。
仕事を終えた二人は、いつもの湖畔へ足を運んでいた。
夕日に染まる湖面は穏やかで、吹き抜ける風もどこか優しかった。
二人は並んで腰を下ろし、しばらく何も言わず景色を眺めている。
やがてフィオナが、小さく笑った。
「今まで、色んなことがあったね」
「うん」
リュカも懐かしそうに頷く。
「旅をして」
「家を見つけて」
「畑を作って」
「村のみんなと仲良くなって」
「楽しいこと、いっぱいあった」
「辛いこともね」
フィオナが笑う。
「喧嘩もした」
「あったね」
「一週間も口を聞かなかった日もあった」
「うん」
「私、すっごく反省した」
二人は顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく笑った。
「でも」
フィオナは湖を見つめたまま言う。
「今、すっごく幸せ」
その一言に、リュカは優しく微笑んだ。
「僕も」
「本当?」
「うん」
リュカはゆっくりと言葉を続ける。
「あの日」
「勇者パーティを追放されて」
「全部終わったと思ってた」
「自分には何もないって思ってた」
少し照れくさそうに笑う。
「でも」
「フィオナに出会えた」
「助けてもらった」
「旅をして」
「家族みたいな毎日ができて」
「帰る場所ができて」
「笑えるようになって」
「今の僕がいる」
フィオナは照れくさそうに肩をすくめた。
「大袈裟だなぁ」
「全部、リュカが自分で乗り越えたんじゃん」
「私は少し背中を押しただけ」
リュカは静かに首を振る。
「違うよ」
「フィオナがいたから」
「一人じゃなかったから」
「だから、僕は前を向けた」
少しだけ沈黙が流れる。
風が二人の間を優しく吹き抜けた。
リュカはゆっくりと息を吸う。
何度も心の中で練習した言葉。
それでも緊張してしまう。
「フィオナ」
「うん?」
「僕……」
少し俯いてから、勇気を振り絞る。
「僕、フィオナが好き」
フィオナの目が大きく見開かれた。
「え?」
「い、いきなり?」
「ごめん」
「でも、ちゃんと伝えたかった」
フィオナは真っ赤になりながら目を逸らす。
「そ、その……」
「フィオナは」
「僕のこと、どう思ってる?」
胸がどきどきする。
千年生きてきた。
でも、こんなに緊張したことはなかった。
一人で食べた夕食。
雨の日。
誕生日。
風邪で倒れたリュカ。
夜空で聞いた「僕はいなくなってるね」という言葉。
村のおじいさんとの別れ。
そのすべてが胸に浮かぶ。
気付けば。
答えは、とっくに決まっていた。
フィオナは照れくさそうに笑う。
「……私も」
一呼吸置いて。
真っ直ぐリュカを見つめた。
「好き」
リュカの表情がぱっと明るくなる。
思わず二人とも笑ってしまった。
リュカはおずおずと右手を差し出す。
「手……繋いでもいい?」
フィオナは少しだけ照れながら頷いた。
「うん」
そっと指先が触れる。
やがて、二人の手は優しく重なった。
夕日に照らされながら。
恋人になった二人は、少し照れくさそうに笑い合う。
その日から。
二人の「ただいま」と「おかえり」は、少しだけ特別な意味を持つようになった。




