第60話 人間は弱い生き物
その日の朝だった。
「……あれ?」
朝食の時間になっても、リュカが部屋から出てこない。
珍しい。
フィオナは首を傾げながら部屋の扉を叩いた。
「リュカ?」
返事がない。
「入るよ?」
扉を開けると、リュカは布団の中で苦しそうに横になっていた。
「リュカ!」
慌てて駆け寄る。
額へ手を当てた瞬間、フィオナは目を見開いた。
「熱い……」
驚くほど身体が熱い。
額だけじゃない。
手も。
頬も。
まるで火がついているようだった。
「リュカ!」
リュカはゆっくり目を開ける。
「……おはよう」
弱々しい笑顔だった。
「おはようじゃないよ!」
「身体、すっごく熱いよ!?」
「うん……風邪みたい」
「風邪?」
「人間はね」
「疲れが溜まったりすると、たまになるんだ」
咳き込む。
その姿を見たフィオナの胸が締めつけられた。
「つらそう……」
「ちょっとだけね」
「ちょっとじゃない!」
声が震える。
「顔色も悪いし!」
「こんなに熱いし!」
「すっごくつらそうだよ!?」
リュカは苦笑した。
「大丈夫だから」
「寝てれば治るよ」
「本当に?」
「うん」
そう言った直後、また苦しそうに咳き込む。
フィオナはもう見ていられなかった。
「どうしたらいいの?」
「え?」
「どうしたら治るの!?」
「薬?」
「水?」
「何をすればいいの!?」
頭の中が真っ白だった。
数千年生きてきた。
けれど。
こんなに動揺したことは、一度もない。
「ねえ……」
声が小さく震える。
「死なないよね?」
「……え?」
「死んだりしないよね?」
「嫌だよ……」
「お願いだから……」
「死なないでよ……」
その瞳には、今にも涙が溢れそうになっていた。
リュカは困ったように笑う。
「大袈裟だなぁ」
「ただの風邪だよ」
「黙って!」
思わず声を荒げる。
「そんなこと言わないで!」
「人間って弱いんでしょ!」
「病気にもなるんでしょ!」
「だったら……」
最後まで言葉にならなかった。
ただ。
怖かった。
目の前のリュカが苦しそうにしている。
それだけで胸が張り裂けそうだった。
フィオナは大きく息を吸う。
「分かった」
「今日は私が看病する」
「リュカは何も考えなくていい」
「ちゃんと元気になるまで、絶対に寝てて」
リュカは少しだけ安心したように微笑んだ。
「……ありがとう」
その笑顔を見て。
フィオナは胸の奥で、小さく誓う。
(絶対に治す。)
(絶対に、元気になってもらう。)
それが今、自分にできるただ一つのことだった。




