表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者パーティを追放された僕は、エルフの君と来世まで恋をする  作者: Atelier Lotus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/88

第5話 お前、もういらないから

 その朝、リュカはいつもより早く目を覚ました。


 宿の窓から差し込む光は柔らかく、街はまだ完全には動き出していない。


 ベッドの脇には、丁寧に磨いた杖が立てかけてある。


 名門ルーデル=カルテの杖。


 パーティの資金で買ってもらった、高価な杖だった。


 いつか、この杖にふさわしい魔法使いになる。


 そう思いながら、三年間ずっと大切にしてきた。


 リュカは杖を手に取る。


「……今日こそ」


 小さく呟く。


 役に立とう。


 迷惑をかけないようにしよう。


 せめて荷物持ちでも、炊事でも、素材回収でも、できることをちゃんとやろう。


 そうすれば、いつかまた。


 昔みたいに笑ってもらえるかもしれない。


 リュカは荷物を整え、宿を出た。


 ◇


 待ち合わせ場所は、冒険者ギルド前の広場だった。


 依頼へ向かう時、レインたちはいつもそこに集まる。


 いつも通りの朝。


 いつも通りの広場。


 いつも通り、レインたちがいる。


 そう思っていた。


「おはよう」


 リュカは笑顔を作って声をかけた。


 しかし、すぐに足が止まる。


 そこには、レイン、ヴィオラ、ガルドの三人だけではなかった。


 見知らぬ女性がいた。


 金髪の美しい魔法使いだった。


 肩のあたりで揺れる明るい髪。


 整った顔立ち。


 青を基調とした上質なローブ。


 手には、細工の施された白い杖。


 立っているだけで、周囲の視線を集める華やかさがあった。


「……その人は?」


 リュカが尋ねる。


 レインは、待っていたと言わんばかりに振り返った。


「紹介する。セシリア・アルヴェーンだ」


 金髪の魔法使いが、軽く頭を下げる。


「セシリアです。よろしくお願いします」


「あ、はい。リュカ・ヴァレリーです」


 リュカも慌てて頭を下げた。


 けれど、胸の奥に小さな不安が生まれる。


 臨時の同行者だろうか。


 依頼人だろうか。


 それとも。


 レインが口を開く。


「リュカ」


「うん」


「お前、もういらないから」


 その一言は、あまりにも軽かった。


 まるで、不要になった道具を片づけるような声だった。


「……え?」


 リュカは聞き返す。


 意味が分からなかった。


 いや、本当は分かっていたのかもしれない。


 でも、分かりたくなかった。


「セシリアが入ることになった」


 レインは続ける。


「火、水、風の三属性を扱える優秀な魔法使いだ」


 ヴィオラが頷く。


「昨日、実力も確認したわ。連携にも問題なさそうね」


 ガルドが笑う。


「やっとまともな魔法使いが来たってわけだ」


 リュカは、セシリアを見る。


 セシリアは少し困ったような顔をしていた。


 この人は、たぶん何も知らない。


 リュカがどんなふうに扱われてきたのか。


 この三年間、何を言われてきたのか。


 何も知らない。


 それでも。


 その存在が、自分の居場所を奪ったのだと分かってしまった。


「だから」


 レインは告げる。


「今日でクビだ」


 リュカは言葉を失った。


 何か言わなければならない。


 そう思った。


 でも、何を言えばいいのか分からない。


 頑張るから。


 もっと役に立つから。


 荷物も持つ。


 料理もする。


 解体も、洗濯も、何でもする。


 だから捨てないで。


 そんな言葉が喉元まで出かかって、飲み込まれる。


 言えば、もっと惨めになる気がした。


 ガルドが鼻で笑った。


「なんだよ、その顔。まさか残れると思ってたのか?」


「……」


「お前、自分が何してたか分かってる? 荷物持って、飯作って、魔物バラしてただけだろ」


 ヴィオラも冷めた目で言う。


「今まで置いてもらえただけ、感謝するべきじゃないかしら」


 リュカは俯いた。


 反論できなかった。


 自分が戦えないことは事実だった。


 まともな魔法を使えないことも事実だった。


 勇者パーティにふさわしくないことも。


 誰より、自分が分かっていた。


「それと」


 レインの視線が、リュカの手元へ落ちる。


「その杖、置いていけ」


 リュカは反射的に杖を握りしめた。


「……これも?」


「パーティの資金で買ったものだ」


 レインは冷たく言う。


「お前のものじゃない」


「でも……」


「お前みたいな無能に、名門ルーデル=カルテの杖なんて必要ないだろ?」


 ガルドが笑う。


「そうそう。爆裂魔法しか使えねえなら、その辺の枝でも十分だろ」


 ヴィオラは淡々と続ける。


「ローブも、解体道具も、素材袋も置いていきなさい。全部パーティの備品よ」


 リュカの指が震える。


 杖だけは置いていきたくなかった。


 いつか。


 いつかきっと。


 この杖にふさわしい魔法使いになる。


 そう信じて、何度も握ってきた杖だった。


 けれど。


 自分のものではない。


 そう言われたら、何も返せなかった。


「……分かった」


 リュカは、杖を差し出した。


 レインが受け取る。


 手の中が空になる。


 それだけで、自分の三年間がすべて奪われたような気がした。


 リュカは荷物を下ろす。


 ローブ。


 予備装備。


 素材袋。


 解体道具。


 パーティのものと呼ばれたすべてを置いていく。


 残ったのは、私物を入れた小さな腰袋だけだった。


「これで……いい?」


「ああ」


 レインは短く答えた。


 それだけだった。


 三年間の終わりは、本当にそれだけだった。


 リュカは三人を見る。


 レイン。


 ヴィオラ。


 ガルド。


 初めて出会った日、手を差し伸べてくれた人たち。


 初めて爆裂魔法を使った時、笑って褒めてくれた人たち。


 かつては、仲間だと思っていた人たち。


「……今まで、ありがとうございました」


 リュカは頭を下げた。


 声が震えないように、必死に抑えた。


 泣きたくなかった。


 ここでは、絶対に泣きたくなかった。


 ガルドが面倒くさそうに手を振る。


「はいはい。元気でな」


 ヴィオラは視線すら合わせなかった。


 レインはもう、セシリアへ依頼の説明を始めていた。


 リュカは顔を上げる。


 そして、背を向けた。


 歩き出す。


 一歩。


 また一歩。


 広場を出る。


 けれど、その背中に声が飛んできた。


 聞こえるように。


 わざと。


「あーあ、やっと優秀な魔法使いが見つかったな」


 ガルドの声だった。


「穀潰しを追い出せて、せいせいしたよ」


 リュカの足が止まりかける。


 でも、止まらない。


 止まったら、泣いてしまう。


「本当にね」


 ヴィオラの声が続く。


「これで不味い飯ともおさらばだわ」


「ははっ、あれは酷かったよな」


 ガルドが笑う。


「本人は頑張ってるつもりだったんだろうけどさ」


「頑張ってあれなら、才能ないわね」


 リュカは拳を握った。


 爪が手のひらに食い込む。


「そもそも、あんなのが勇者パーティっておかしいだろ」


「本当にね」


 ヴィオラの声は、いつもより少し大きかった。


 リュカに聞かせるためだと分かった。


「よく自分のことをオリハルコン級冒険者だなんて思えたものだわ」


 そして。


「私なら恥ずかしくて生きていけない」


 ガルドが声を上げて笑う。


「本当にそれな!」


 周囲の視線が刺さる。


 通行人。


 冒険者。


 ギルド職員。


 誰かが何かを囁く。


 リュカは顔を上げられなかった。


 悔しい。


 悲しい。


 苦しい。


 でも、何も言い返せない。


 自分が無能なのは事実だから。


 そう思ってしまう自分が、何より惨めだった。


 リュカは歩き続けた。


 背中に笑い声を浴びながら。


 ◇


 リュカが広場を去った後。


 セシリアは小さく眉をひそめていた。


「……あの」


 レインが振り返る。


「どうした?」


「今の方は、本当に三年間、皆さんの仲間だったんですよね?」


 ガルドが笑う。


「仲間? まあ、荷物持ちとしてはな」


 ヴィオラも肩をすくめる。


「あなたが気にすることではないわ。彼は戦力にならなかった。それだけよ」


「……そうですか」


 セシリアはそれ以上、何も言わなかった。


 ただ、リュカが消えていった通りの先を、しばらく見つめていた。


 ◇


 リュカは街の門へ向かった。


 どこへ行くのかは決めていない。


 宿へ戻る理由もない。


 ギルドへ戻る勇気もない。


 故郷へ帰ることも考えた。


 けれど、ベルフォーレ村の人々の顔が浮かぶ。


「オリハルコン級冒険者なんてすごい!」


「勇者パーティの一員なんて誇らしいな!」


 あの笑顔を思い出すと、胸が潰れそうだった。


 何と言えばいいのだろう。


 追い出されました。


 お荷物でした。


 無能でした。


 そんなこと、言えるはずがなかった。


 門番がリュカに気づく。


「あれ、今日は一人か?」


「……はい」


「勇者パーティの依頼じゃないのか?」


「はい」


 リュカは笑った。


 いつものように。


 何もなかったように。


「少し、用事があって」


「そうか。気をつけてな」


「ありがとうございます」


 街の門を抜ける。


 外へ出る。


 空は青かった。


 道はどこまでも続いていた。


 けれど、リュカには行く場所がなかった。


 手の中には、もう杖もない。


 背中には、荷物もない。


 勇者パーティの一員という肩書きもない。


 残ったのは、胸の奥に溜まった惨めさだけだった。


 僕だって分かっている。


 自分が無能なことくらい。


 分かっている。


 ずっと前から。


 誰よりも。


 分かっていた。


 それでも。


 あんなふうに言われたくなかった。


 リュカは唇を噛む。


 視界が滲む。


 泣くな。


 泣くな。


 ここで泣くな。


 そう思うほど、涙は勝手にこぼれた。


「……っ」


 人に見られたくなかった。


 情けない顔を。


 惨めな自分を。


 何もかもを。


 リュカは街道を外れ、森の方へ向かった。


 木々の間へ入る。


 奥へ。


 さらに奥へ。


 誰もいない場所へ。


 足元の枝が折れる。


 頬を涙が伝う。


 胸の中で、押し殺していたものが暴れ出す。


 悔しい。


 悲しい。


 苦しい。


 惨めだ。


 自分が嫌いだ。


 でも。


 それでも。


 リュカは立ち止まった。


 震える手を前へ向ける。


 杖はない。


 けれど、あの魔法だけは使える。


 唯一、自分に残された魔法。


 爆裂魔法。


「くそ……」


 魔力が溢れる。


「くそっ……!」


 空気が震える。


 涙が止まらない。


「くそおおおおおおおおっ!」


 叫びと共に。


 森の奥で、凄まじい爆発が起こった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ