第4話 お荷物
「ほんと、お前って使えないよな」
ダンジョンの奥。
魔物との戦闘が終わった直後、ガルドが吐き捨てるように言った。
リュカは素材回収用の袋を抱えたまま、肩を震わせる。
「……ごめん」
「謝るのは聞き飽きたんだよ」
ガルドは大盾を地面へ置き、首を鳴らした。
「謝る暇があるなら、さっさと解体してくれ」
「うん」
リュカは膝をつき、倒れた魔物の解体を始める。
腹を裂き、魔素袋を傷つけないように取り出す。
角。
牙。
爪。
皮。
血液。
使える素材を丁寧に分けていく。
手は慣れていた。
戦うよりも、ずっと。
いつからか、リュカは杖を構えることよりも、解体用の短刀を握る時間のほうが長くなっていた。
「なあ、レイン」
ガルドが笑う。
「こいつを誘ったの、ほんと間違いだったんじゃねえの?」
リュカの手が止まる。
ほんの一瞬だけ。
けれど、すぐに動かした。
止まれば怒られる。
遅くなれば、また何か言われる。
レインは何も答えなかった。
ただ、剣についた血を拭っている。
否定してほしかった。
そんなことない。
リュカだって仲間だ。
そう言ってほしかった。
しかし、レインは沈黙したままだった。
ヴィオラが小さく息を吐く。
「まあ、荷物持ちとしては優秀なんじゃない?」
その言葉に、ガルドが噴き出した。
「ああ、そうだな」
そして、リュカを見る。
「荷物持ちはオリハルコン級よね」
笑い声。
リュカは顔を上げなかった。
「……ありがとう」
そう答えるしかなかった。
褒め言葉ではない。
分かっていた。
それでも。
反論すれば、きっともっと空気が悪くなる。
自分さえ我慢すればいい。
自分が笑っていればいい。
そうすれば、まだここにいられる。
◇
勇者パーティ。
街の人々は、レインたちをそう呼んだ。
勇者のように強く。
勇者のように華やかで。
勇者のように人々を救うパーティ。
その一員であるはずのリュカは、いつも少し後ろを歩いていた。
レインの背中。
ヴィオラの横顔。
ガルドの大きな体。
その後ろで、荷物を背負って歩く。
戦闘になれば、下がる。
終われば、前へ出る。
魔物を解体する。
素材を集める。
血で汚れた手を拭う。
炊事をする。
洗濯をする。
装備を磨く。
肩を揉む。
買い出しをする。
宿の手配をする。
それが、リュカの役目になっていた。
戦闘に参加できない。
魔法使いとして役に立たない。
だから、せめて雑用だけでも完璧にこなさなければならない。
「リュカ、水」
「はい」
「リュカ、替えの布」
「すぐ出すね」
「リュカ、これ洗っといて」
「うん」
「リュカ、飯」
「今作るよ」
名前を呼ばれるたび、リュカは走った。
少しでも遅れれば、舌打ちされる。
失敗すれば、ため息をつかれる。
何かを言い返すことはできなかった。
言い返せるだけの実力が、自分にはないから。
オリハルコン級冒険者。
勇者パーティの魔法使い。
そんな肩書きだけが、リュカの上に重くのしかかっていた。
中身が伴っていないことを、誰よりもリュカ自身が分かっていた。
◇
その日、リュカは久しぶりに故郷のベルフォーレ村へ帰った。
休暇という名目だった。
本当は、レインたちが貴族から招かれた夜会に出るため、リュカだけが邪魔だったのかもしれない。
「お前は村にでも帰ってろよ」
ガルドはそう言った。
「どうせ夜会で話すこともないだろ」
そこで彼は、わざとらしく肩をすくめた。
「無能なお前が夜会で喋ったら、俺たち勇者パーティの名に傷がついてしまうだろ」
そして、声を上げて笑った。
「ははははっ!」
ヴィオラは口元に手を当て、薄く笑った。
レインは止めなかった。
何も言わなかった。
だからリュカは、ひとりでベルフォーレ村へ帰ってきた。
「リュカじゃないか!」
村の入口で、顔見知りの農夫が声を上げる。
「帰ってきたのか!」
「はい。少しだけ」
「聞いてるぞ! オリハルコン級冒険者になったんだってな!」
「あ……はい」
リュカは笑う。
農夫は嬉しそうに肩を叩いた。
「すごいじゃないか! ベルフォーレ村からオリハルコン級が出るなんて!」
村の中へ入ると、すぐに人が集まってきた。
「リュカ!」
「立派になったなあ!」
「勇者パーティの一員なんて誇らしいな!」
「昔から真面目な子だったものね」
「きっとすごい魔法使いになったんだろう?」
笑顔。
祝福。
尊敬。
期待。
それらが、リュカには痛かった。
「いえ、僕は……」
そう言いかけて、やめる。
何を言えばいいのか分からなかった。
僕は戦えません。
まともな魔法も使えません。
荷物持ちをしています。
仲間からは、お荷物だと思われています。
そんなことを言えるはずがなかった。
「ありがとうございます」
リュカは笑った。
いつものように。
機嫌を損ねないように。
心配させないように。
失望されないように。
笑うことだけは、上手くなっていた。
◇
夜。
ベルフォーレ村の小さな宿。
リュカは窓辺に座り、外を見ていた。
村は静かだった。
遠くで虫の声が聞こえる。
夜風が、木々を揺らしている。
昔は、この村を出たくて仕方なかった。
世界を見たかった。
冒険者になりたかった。
仲間と一緒に、未知のダンジョンへ挑みたかった。
その夢は、叶ったはずだった。
オリハルコン級冒険者になった。
勇者パーティの一員になった。
村の人たちは、自分を誇りだと言ってくれた。
なのに。
胸の奥は、空っぽだった。
「僕は……何なんだろう」
小さく呟く。
勇者パーティの一員。
けれど、戦えない。
魔法使い。
けれど、まともな魔法は使えない。
仲間。
けれど、仲間として扱われていない。
それでも。
パーティを離れることは考えられなかった。
レインたちに拾ってもらった。
自分を仲間にしてくれた。
初めて爆裂魔法を使った時、褒めてくれた。
あの時の言葉が、今もリュカの中に残っている。
さすがリュカだ。
すごい威力だ。
やっぱり、あなたには才能があったのよ。
あれは嘘ではなかった。
そう信じたかった。
だから。
今の自分が苦しいのは、自分が悪いからだ。
成長できない自分が悪い。
役に立てない自分が悪い。
まともな魔法を覚えられない自分が悪い。
リュカはそう思い続けた。
そう思わなければ、三年間信じてきたものまで壊れてしまいそうだった。
◇
数日後。
リュカは街へ戻った。
宿へ帰ると、レインたちはすでに次の依頼の準備をしていた。
「戻ったか」
レインがちらりと見る。
「うん。ただいま」
「明日からダンジョンだ」
「分かった」
「荷物、多いから整理しとけよ」
「うん」
ガルドが椅子に座ったまま言う。
「あと、俺の鎧も磨いといてくれ」
「分かった」
ヴィオラは机の上に薬品瓶を並べていた。
「私の鞄も確認して。薬品の順番、間違えないでね」
「うん。やっておく」
リュカは荷物を置く暇もなく、作業を始めた。
鎧を磨く。
薬品瓶を確認する。
荷物を詰める。
水袋を補充する。
保存食を確認する。
解体道具を手入れする。
やることはいくらでもあった。
その間、レインたちは地図を広げ、依頼の確認をしていた。
リュカはそこに呼ばれない。
戦略を話し合う場所に、自分の席はなかった。
「リュカ」
「はい」
レインが言う。
「今回のダンジョンは狭い。爆裂魔法は使うなよ」
「……分かってる」
「分かってるならいい」
それだけだった。
リュカは黙って頷く。
胸が少し痛んだ。
それでも、笑う。
「荷物、ちゃんと準備しておくね」
ガルドが鼻で笑った。
「そこだけは頼りにしてるぜ、オリハルコン級の荷物持ち」
ヴィオラが小さく笑う。
レインは何も言わない。
リュカは、やはり笑うしかなかった。
「うん。任せて」
そう答えた自分の声が、ひどく遠く聞こえた。
◇
夜更け。
全員が眠ったあと。
リュカはひとり、部屋の隅で自分の杖を見つめていた。
名門ルーデル=カルテの杖。
パーティの資金で買ってもらった、高価な杖だった。
いつか、この杖にふさわしい魔法使いになる。
そう思っていた。
だが、三年経っても、リュカは何も変われなかった。
この杖を使って放てる魔法は、今も爆裂魔法だけ。
それも、仲間を巻き込む危険があるから、ほとんど使えない。
「……ごめん」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
レインに。
ヴィオラに。
ガルドに。
村の人たちに。
それとも。
冒険者に憧れていた、昔の自分に。
リュカは杖を抱えたまま、目を閉じた。
明日もまた、笑わなければならない。
怒られれば謝る。
頼まれれば従う。
無理を言われても頷く。
嫌われないように。
捨てられないように。
ここにいられるように。
リュカは自分に言い聞かせる。
自分が悪い。
自分がもっと頑張ればいい。
そうすれば、いつかきっと。
また昔みたいに、四人で笑える日が来る。
そう信じて。
信じたくて。
リュカは、静かに眠りについた。




