第58話 生まれてきてくれてありがとう
ある日の朝。
朝食を食べ終えた頃だった。
リュカが、どこかそわそわした様子で立ち上がる。
「フィオナ」
「何?」
「今日は、ちょっと早く帰ってきてね」
「?」
首を傾げながらも、フィオナは笑って頷いた。
「分かった」
その日の夕方。
家へ戻ったフィオナは、思わず目を丸くした。
「えっ……」
食卓には、ご馳走が並んでいた。
花が飾られ、暖炉の火が優しく部屋を照らしている。
「おかえり」
リュカが少し照れながら笑った。
「これ……どうしたの?」
「今日は特別な日だから」
「特別?」
「今日、生まれたって言ってたでしょ?」
「私、そんなこと言ったっけ?」
「前に話してくれたよ」
「ああ……言ったかも」
フィオナは少し考えてから、小さく笑った。
「でも、そんなこと覚えてたんだ」
「もちろん」
リュカは小さな箱を差し出した。
「これ、プレゼント」
「私に?」
「うん」
中には、木で作られた小さな髪飾りが入っていた。
派手ではない。
けれど、丁寧に作られていることが一目で分かる。
「ありがとう」
フィオナは嬉しそうに受け取った。
「でも、不思議だね」
「何が?」
「人間って、生まれた日を毎年お祝いするんでしょ?」
「うん」
「変なの」
くすっと笑う。
「エルフは違うの?」
「生まれた日は分かるけど、お祝いなんてしないよ」
「長く生きるから、毎年祝ってたら大変だもん」
「なるほど」
二人は顔を見合わせて笑った。
やがてリュカは、少し照れくさそうに口を開く。
「フィオナ」
「うん?」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
その一言に。
フィオナは固まった。
「……え?」
「フィオナが生まれてきてくれたから、僕は君に出会えた」
「君と旅をして」
「一緒にご飯を食べて」
「笑って」
「こうして毎日を過ごせてる」
「だから」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
数千年という長い時を生きてきた。
けれど。
そんな言葉を掛けられたのは、初めてだった。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……照れくさいな」
フィオナは頬をかきながら笑う。
「私、何歳だと思ってるのよ」
「何歳でも関係ないよ」
「そういうことを、さらっと言うんだから」
少しだけ頬を赤くしながら、フィオナは微笑んだ。
そして、優しく言葉を返す。
「リュカ」
「うん?」
「リュカこそ、生まれてきてくれてありがとう」
「……え?」
「君に出会えたから」
「私は初めて、こんなに幸せになれた」
二人は照れくさそうに笑い合う。
暖炉の火が静かに揺れる中、その日の夕食は、いつもより少しだけ温かく感じられた。




