第53話 初めて分かり合えなかった日
家の中には、重苦しい空気が流れていた。
暖炉の火だけが、ぱちぱちと静かな音を立てている。
「出掛けるなら、ちゃんと行き先を教えてよ!」
リュカは感情を抑えきれずに言った。
「どうして?」
フィオナは不思議そうに首を傾げる。
「心配するからだよ!」
「でも、ちゃんと帰ってきたよ?」
「一週間も帰ってこなかったじゃないか!」
「たった一週間でしょ?」
「たったじゃない!」
リュカは思わず声を荒らげた。
「そんなに管理されなきゃいけないの?」
その言葉に、リュカは目を見開く。
「管理じゃない!」
思わず叫ぶ。
「そんなつもりで言ってるんじゃない!」
「じゃあ、何なの?」
「常識だろ!」
フィオナの眉がぴくりと動く。
「人間の常識なんて、分からないもん」
「……っ!」
リュカは言葉に詰まる。
フィオナは人間ではない。
数千年を生きるエルフだ。
人間と時間の流れが違うことくらい、頭では理解している。
それでも。
心は納得してくれなかった。
「じゃあ、自分がされたらどう思うんだよ!」
リュカが叫ぶ。
フィオナも負けじと言い返す。
「だから、ちょっとだったじゃん!」
「これでも、早く帰ってきたほうなんだよ!」
「だから!」
リュカは拳を強く握りしめた。
何を言っても伝わらない。
伝えたいことは、そこじゃないのに。
リュカが怖かったのは、一週間という時間ではない。
また大切な人がいなくなること。
また置いていかれること。
また一人になること。
その恐怖だった。
一方のフィオナも苦しかった。
数千年もの間。
好きな時に旅へ出て。
好きな景色を見て。
好きな時に帰る。
そんな自由な生き方を続けてきた。
だから。
どこへ行くのか。
いつ帰るのか。
そのすべてを伝えなければならないという感覚が、どうしても理解できなかった。
どちらも悪くない。
リュカも正しい。
フィオナも正しい。
だからこそ。
互いに譲ることができなかった。
「……もういい」
リュカは静かに背を向けた。
「……うん」
フィオナも、それ以上引き止めなかった。
その日の夕食は、ほとんど会話がなかった。
料理を口へ運ぶ音だけが、静かな家へ響く。
いつもなら笑い声でいっぱいだった食卓。
それが今は、驚くほど遠く感じられた。
翌日も。
その次の日も。
二人は必要なことしか話さなかった。
同じ家にいるのに。
心だけが、少し離れてしまったようだった。
初めてだった。
二人が、こんなにも分かり合えなかった日は。




