第40話 もう怖くない
勇者パーティと別れた後。
二人は街の喧騒を離れ、静かな川沿いの道を歩いていた。
しばらくの間、どちらも何も話さない。
風だけが、静かに吹いている。
その時だった。
「……あ」
リュカは、自分の右手を見つめた。
小さく。
震えていた。
「どうしたの?」
フィオナが足を止める。
リュカは苦笑した。
「手が……震えてる」
ゆっくりと握ってみる。
それでも、震えは止まらなかった。
「やっぱり」
自分でも笑ってしまう。
「怖かったんだ」
三年間。
毎日のように怒鳴られた。
笑われた。
無能と呼ばれた。
役立たずと否定され続けた。
身体は、その恐怖を忘れていなかった。
頭では終わったと分かっていても。
心は、そう簡単には追いつかない。
フィオナは静かに尋ねた。
「怖かった?」
リュカは少しだけ俯く。
そして、正直に答えた。
「……うん」
少し間を置いて。
「怖かった」
強がらなかった。
嘘もつかなかった。
フィオナは、小さく頷く。
「そっか」
それだけだった。
無理に励ますこともしない。
「気にしなくていい」とも言わない。
ただ、その気持ちを受け止めてくれた。
しばらく歩いてから。
リュカはもう一度、自分の手を見つめる。
「でも」
「うん?」
「前とは違った」
フィオナが首を傾げる。
「何が違ったの?」
リュカは隣を見る。
そこには、いつも通り歩くフィオナがいた。
「一人じゃなかったから」
その言葉に。
フィオナは、ふわりと微笑んだ。
「うん」
「隣にフィオナがいてくれた」
「うん」
「だから……逃げずにいられた」
フィオナは少し照れくさそうに笑う。
「それなら、一緒に行ったかいがあったね」
「うん」
リュカも笑った。
過去は消えない。
傷も消えない。
思い出したくない記憶も、きっと一生なくならない。
それでも。
人は前へ進める。
一人では越えられなかったものも。
誰かが隣にいてくれれば、越えられる日が来る。
リュカは、震えが少しずつ収まっていく手を握り締めた。
もう。
あの頃の自分ではない。
そして。
もう、一人でもなかった。




