第38話 また会ったな、リュカ
旅を続ける途中。
リュカとフィオナは、大きな街の冒険者ギルドを訪れた。
依頼を受けようと館内へ入った、その時だった。
「おっ、見ろよ」
「あそこの姉ちゃん、すげえ美人じゃねえか」
「ちょっと。昼間っからナンパはやめなさいよ」
「うるせえ。俺はオリハルコン級冒険者だぞ? 英雄色を好むって言うだろ」
「ははっ! 違いねぇ!」
「もう、レインったら」
その笑い声を聞いた瞬間。
リュカの身体が硬直した。
聞き覚えがある。
忘れようとしても、忘れられなかった声。
胸がざわつく。
息が苦しい。
怖い。
笑われる。
また馬鹿にされる。
そう思った瞬間、リュカは反射的に俯いた。
「……帰ろう」
小さく呟く。
「え?」
フィオナが不思議そうに首を傾げる。
「今日は、やっぱり――」
「……おい」
低い声が響いた。
リュカの身体がびくりと震える。
恐る恐る振り返る。
そこには。
勇者レイン。
魔法使いヴィオラ。
戦士ガルド。
かつて自分を追放した勇者パーティが立っていた。
「やっぱりリュカじゃねえか」
ガルドが笑う。
「まだ冒険者やってたのかよ」
ヴィオラも鼻で笑った。
「しぶといわね」
レインは腕を組み、冷たく見下ろす。
「無能のお前なんか、とっくに辞めてると思ってたぞ」
三人が笑う。
その笑い声だけで。
胸が締めつけられた。
喉が渇く。
呼吸が浅くなる。
三年前。
毎日のように聞かされ続けた笑い声。
身体が覚えていた。
怖い。
また。
あの頃へ戻ってしまいそうになる。
その時だった。
「あれ?」
ヴィオラの視線が、リュカの隣へ向く。
「何、その女」
レインがフィオナを見て口元を歪める。
「へえ」
「いい女じゃねえか」
ガルドが肩を叩きながら笑う。
「紹介しろよ、リュカ」
「リュカがこんないい女連れてるとか、おかしいだろ」
リュカの顔から笑みが消える。
何も言えない。
身体が動かない。
あの日と同じだった。
何も言い返せず。
ただ耐えることしかできなかった頃の自分が、心の奥から顔を出す。
けれど。
その時。
フィオナが静かに一歩、リュカの隣へ寄った。
何も言わない。
何もしない。
ただ。
そこに立っている。
それだけだった。
けれど。
その温もりだけで。
リュカは、一人ではないと思えた。
勇者パーティの嘲笑は続く。
「ていうか、エルフじゃねえか」
「めちゃくちゃ綺麗じゃん」
ヴィオラが鼻で笑う。
「なるほどね」
「どうせ『僕はオリハルコン級冒険者です』なんて言って近づいたんでしょ?」
レインが冷たく言い放つ。
「勘違いするなよ、リュカ」
「オリハルコン級になったのは、俺たちの実力だ」
「お前じゃない」
「役立たずが」
ガルドも続ける。
「俺たちの顔に泥を塗るんじゃねえよ」
そして、フィオナへ向き直った。
「エルフ」
「そいつ、本当になーんにもできない無能だからな」
「そんな無能なんか捨てて、俺たちと冒険しようぜ」
「どうせ一文無しだし、夜のほうも満足させられねえだろ」
三人が下品に笑う。
ヴィオラは露骨に顔をしかめた。
「無理無理」
「そんな男となんて、想像しただけで吐きそう」
「気持ち悪い」
そして。
レインが笑いながら言う。
「エルフ、お前騙されてるぞ」
三人は大声で笑った。
ギルドの中が静まり返る。
その沈黙の中。
フィオナは静かにリュカを見た。
「……本当?」
その一言に。
リュカの胸が締めつけられる。
やはり。
そう思われるのだろうか。
そう考えた瞬間。
フィオナは首を傾げた。
「でも」
「リュカは料理できるよ?」
「……は?」
レインたちの表情が止まる。
「薬草にも詳しいし」
「魔物の解体もできる」
「困っている人を見たら放っておけないし」
「すごく優しいよ」
ガルドが顔をしかめる。
「だから何だって言うんだ」
フィオナは不思議そうに瞬きをした。
「十分すごいことじゃない?」
そして。
穏やかに微笑む。
「それに」
「リュカは魔法も使えるよ」
一瞬。
空気が止まった。
次の瞬間。
「ぶはっ!」
「こいつが魔法?」
「冗談だろ!」
三人は腹を抱えて笑い始める。
三年間。
一度も魔法を使えなかった男。
その認識は、今も変わっていなかった。
けれど。
フィオナは少しも気にしない。
ただリュカへ微笑みかける。
「リュカ」
「……何?」
「行こっか」
その一言だけで十分だった。
リュカは小さく笑う。
「……うん」
もう。
証明する必要はない。
誰かを見返す必要もない。
自分を信じてくれる人は、もう隣にいる。
リュカは静かに踵を返す。
フィオナも、その隣を歩く。
二人はそのまま、勇者パーティへ背を向けた。
背後から笑い声は聞こえ続けていた。
それでも。
リュカは、もう一度も振り返らなかった。




