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勇者パーティを追放された僕は、エルフの君と来世まで恋をする  作者: Atelier Lotus


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第29話 僕は無能じゃなかった

 ある日の夕暮れ。


 修行を終えたリュカは、沈みゆく夕日を眺めながら、自分の掌を見つめていた。


 妖精眼鏡の向こう側。


 世界には今日も、無数の魔粒子が流れている。


 赤。


 青。


 緑。


 黄。


 リュカは、静かに手を差し出した。


「サラマンダー。少しだけ、力を貸してくれる?」


「いいよ!」


 赤い魔粒子が、ゆっくりと掌へ集まる。


 ぽっ。


 小さな火が灯った。


 リュカはしばらく炎を見つめた後、サラマンダーへ礼を言い、火を消す。


 次は水。


「ウンディーネ。お願いできる?」


「いいよー」


 青い魔粒子が集まり。


 掌の上に、小さな水の球が浮かんだ。


 それを静かに地面へ返す。


 次は風。


「シルフ。少しだけ風を吹かせて」


「はーい!」


 優しい風が吹いた。


 リュカの髪が揺れる。


 草原が波打つように、静かにそよいだ。


 そして。


「ノーム」


「眠い」


「少しだけだから」


「……少しだけね」


 黄色い魔粒子が揺れる。


 足元にあった小石が、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。


 リュカは、それを見つめる。


 火。


 水。


 風。


 土。


 できる。


 もう。


 偶然ではない。


 一度だけ起きた奇跡でもない。


 何度でも。


 自分の意思で。


 妖精たちへお願いし。


 その声を聞き。


 力を借りることができる。


「……僕」


 ぽつりと。


 リュカは呟いた。


「無能じゃなかったんだ」


「うん」


 すぐ隣から答えが返ってきた。


 リュカは振り向く。


 少し離れた場所に座っていたフィオナが、何でもないことのように頷いていた。


「……それだけ?」


「何が?」


「もう少し驚いたりしないの?」


「どうして?」


「だって僕、無能じゃなかったんだよ?」


「知ってるよ」


「……知ってたの?」


「うん」


 フィオナは当たり前のように答えた。


「最初から、そう思ってたし」


「最初から?」


「だって」


 フィオナは指を折りながら、一つずつ数え始めた。


「魔法が使えないのに、三年間も勉強を続けてたんでしょ?」


「……うん」


「薬草にも詳しい」


「まあ……」


「似た毒草も見分けられる」


「うん」


「魔物の解体もできる」


「ずっとやってたから」


「素材の扱い方も知ってる」


「うん」


「荷物の整理も上手」


「それもずっと……」


「野営の準備もできる」


「まあ」


「料理もできる」


「それは……」


「おいしいし」


 リュカは黙った。


 フィオナは、そんな彼を不思議そうに見る。


「それのどこが無能なの?」


「……でも」


 リュカは視線を落とした。


「戦闘では、何の役にも立てなかった」


「前はね」


「魔法も使えなかった」


「前はね」


「みんなに迷惑をかけて……」


「本当に?」


「え?」


「荷物は誰が持ってたの?」


「僕」


「料理は?」


「僕」


「洗濯は?」


「僕」


「魔物の解体は?」


「……僕」


「素材の回収は?」


「僕」


「じゃあ、何の役にも立ってなかったわけじゃないでしょ?」


 リュカは答えられなかった。


 確かに。


 戦えなかった。


 魔物を倒せなかった。


 けれど。


 何もしていなかったわけではない。


 皆が戦っている間。


 荷物を守った。


 戦いが終われば、魔物を解体した。


 素材を回収した。


 野営地を整えた。


 料理を作った。


 汚れた服を洗った。


 毎日。


 できることを探して。


 必死に働いていた。


 けれど。


 誰も、それを仕事だとは認めてくれなかった。


 やって当然。


 できて当然。


 感謝するほどのことではない。


 そう言われ続けて。


 いつしか。


 リュカ自身まで。


 自分は何もしていないのだと思い込んでいた。


「それにさ」


 フィオナが言った。


「人の価値って、魔法が使えるとか、仕事ができるとかで決まるものなの?」


「……」


 リュカは顔を上げる。


 フィオナは、まっすぐに彼を見ていた。


「魔法が使えなかったら、価値がないの?」


「それは……」


「仕事ができなかったら?」


「……」


「誰かの役に立てなかったら、生きてちゃいけないの?」


「そんなことは……」


「ないでしょ?」


 フィオナの声は、優しかった。


 けれど。


 リュカの胸の奥深くへ、真っ直ぐに届いた。


「できることが多い人もいる」


「できないことが多い人もいる」


「得意なことがある人もいる」


「苦手なことばかりの人もいる」


「でも、それだけで、その人の全部が決まるわけじゃないよ」


 以前。


 フィオナは同じようなことを言っていた。


 自分はエルフの中では、魔粒子の認知が苦手だと。


 けれど。


 それで自分のすべてが決まるわけではない、と。


 あの時。


 リュカには、その言葉の意味がよく分からなかった。


 けれど今なら。


 少しだけ分かる気がした。


「リュカは、リュカでしょ?」


 フィオナは笑った。


「魔法が使えても」


「使えなくても」


「料理が上手でも」


「下手でも」


「あなたがあなたであることは、変わらないよ」


「……」


 三年間。


 ずっと欲しかった言葉だった。


 自分は無能ではない。


 役立たずではない。


 お荷物ではない。


 誰かに。


 そう言ってほしかった。


 仲間に認めてほしかった。


 必要だと言ってほしかった。


 ここにいていいと。


 そう言ってほしかった。


 けれど今は。


 少しだけ違う。


 誰かに言ってもらわなくても。


 自分自身の目で、見ることができる。


 自分には。


 できることがある。


 魔法だけではない。


 料理ができる。


 薬草を見分けられる。


 素材を扱える。


 野営の準備もできる。


 そして。


 できないことがあったとしても。


 それだけで。


 自分の価値が消えてしまうわけではない。


「僕には……」


 リュカの声が震えた。


「魔法の才能がなかったんじゃない」


「うん」


「ただ……」


 リュカは、夕暮れの世界を見る。


 火。


 水。


 風。


 土。


 四種類の魔粒子が、静かに世界を巡っている。


 その中を。


 妖精たちが、楽しそうに飛び回っていた。


「誰も、僕の才能を理解できなかっただけだったんだ」


「そうかもね」


 フィオナは笑った。


 リュカも。


 笑おうとした。


 けれど。


 その瞬間。


 ぽたり。


 涙が落ちた。


「……あれ?」


 リュカは、自分の頬へ触れる。


 濡れていた。


 もう一粒。


 涙が零れる。


「ちょっと」


 フィオナが目を丸くする。


「なんで泣いてるの?」


「……分からない」


「また?」


「うん」


 悲しいわけではない。


 辛いわけでもない。


 むしろ。


 嬉しいはずだった。


 自分は無能ではなかった。


 ずっと信じられなかったことを。


 ようやく自分で認めることができた。


 なのに。


 涙が止まらなかった。


「……僕、本当に」


 リュカは目元を拭った。


「無能じゃなかったんだ」


「うん」


「何もできないわけじゃなかった」


「うん」


「ここにいても、いいんだよね」


 フィオナは一瞬だけ黙った。


 そして。


 いつものように。


 当たり前のことを言うように答えた。


「いいに決まってるじゃん」


「……っ」


 その言葉で。


 涙が、さらに溢れた。


 リュカは俯く。


 声を押し殺そうとした。


 けれど。


 うまくいかなかった。


 フィオナは、そんな彼をしばらく見つめていた。


 やがて。


 少しだけ困ったように笑う。


「泣き虫だなあ」


「……仕方ないだろ」


「この前も泣いてたよね」


「覚えてるよ」


「料理をおいしいって言った時」


「……うん」


「今日も泣くんだ」


「だから、分からないんだって」


「そっか」


 フィオナは笑った。


 からかっているようで。


 その声は、どこまでも優しかった。


「まあ、いいんじゃない?」


「何が?」


「泣きたい時は、泣けば」


「……」


「涙が出るってことは、ずっと我慢してたんでしょ?」


 リュカは答えられなかった。


 三年間。


 悔しかった。


 悲しかった。


 苦しかった。


 それでも。


 捨てられたくなくて。


 笑っていた。


 怒られても謝った。


 馬鹿にされても、何も言い返さなかった。


 泣くことさえ。


 許されないような気がしていた。


「今は、誰も怒らないよ」


 フィオナが言った。


「……うん」


「無能だとも言わない」


「うん」


「だから、好きなだけ泣けばいいよ」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 フィオナは笑う。


 リュカは涙を拭いながら。


 ほんの少しだけ、笑った。


 夕暮れの中。


 火。


 水。


 風。


 土。


 四種類の魔粒子が、静かに二人の周囲を巡っていた。


 リュカはもう。


 自分を無能とは呼ばなかった。


 魔法が使えるようになったからだけではない。


 誰かに認めてもらえたからだけでもない。


 自分の価値は。


 何ができるかだけで決まるものではない。


 そのことを。


 ようやく。


 少しだけ、信じられるようになったからだった。

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