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勇者パーティを追放された僕は、エルフの君と来世まで恋をする  作者: Atelier Lotus


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第28話 魔法は一つじゃない

 火は。


 ただ、何かを燃やすためだけのものではない。


 暖を取る。


 料理をする。


 暗闇を照らす。


 水は。


 ただ、敵を攻撃するためだけのものではない。


 喉を潤す。


 身体を洗う。


 植物を育てる。


 風は。


 敵を吹き飛ばすためだけのものではない。


 暑さを和らげる。


 煙を運ぶ。


 匂いを遠くへ届ける。


 土は。


 岩をぶつけるためだけのものではない。


 道を整える。


 壁を作る。


 畑を耕す。


 これまで。


 リュカにとって、魔法とは戦うためのものだった。


 敵を倒す。


 魔物を討伐する。


 冒険者として役に立つ。


 仲間の足を引っ張らない。


 無能と呼ばれない。


 そのために必要な力。


 だから。


 三年間。


 何度失敗しても、魔法を学び続けた。


 火を出したかった。


 水を生み出したかった。


 風を操りたかった。


 土を動かしたかった。


 けれど。


 その願いの奥には、いつも恐怖があった。


 魔法が使えなければ、役に立てない。


 役に立てなければ、捨てられる。


 だから。


 リュカは魔法を使えるようになりたかった。


 しかし。


 フィオナとの旅の中で。


 リュカは少しずつ、魔法の別の姿を知っていった。


     ◇


 ある日の夕方。


 二人は、森の中で野宿をすることになった。


「そろそろ、ご飯にしようか」


 フィオナが言う。


「うん」


 リュカは慣れた手つきで荷物を下ろした。


 薪を集め。


 鍋を用意し。


 食材を取り出す。


 そして、妖精眼鏡をかけた。


「サラマンダー」


「なあに?」


「火をお願いできる?」


「料理?」


「うん」


「それならいいよ!」


 火の妖精――サラマンダーが、嬉しそうに飛び回る。


 赤い魔粒子が集まり。


 ぽっ。


 小さな炎が薪へ灯った。


「ありがとう」


「どういたしまして!」


 リュカは鍋を火へかける。


 続いて、青い光の中で遊んでいる妖精たちへ声をかけた。


「ウンディーネ」


「なあにー?」


「水も少し欲しいんだけど」


「どれくらい?」


「鍋いっぱいくらい」


「いいよー!」


 青い魔粒子が集まる。


 澄んだ水が少しずつ生まれ、鍋の中を満たしていった。


「ありがとう」


「どういたしましてー!」


 水を沸かし。


 切った食材を鍋へ入れる。


 しばらくすると、温かな湯気と共に食欲を誘う香りが漂い始めた。


「いい匂い」


 フィオナが嬉しそうに鍋を覗き込む。


「まだだよ」


「もう食べられない?」


「もう少し」


「どれくらい?」


「もう少し」


「さっきも言ってた」


「待っててよ」


「お腹空いた」


「分かったから」


 リュカは苦笑した。


 そんな時。


「暑い」


 フィオナが呟いた。


 今日は朝から気温が高かった。


 そのうえ、焚き火のすぐそばにいる。


 フィオナは長い髪を持ち上げながら、手で顔を扇いでいた。


 リュカは周囲を見回す。


「シルフ」


「呼んだ?」


「少しだけ風をお願いできる?」


「いいよ!」


「強すぎないようにね」


「分かってる!」


「本当に?」


「失礼だなあ!」


 次の瞬間。


 ぶわっ!


「うわっ!」


 強い風が吹いた。


 焚き火の炎が大きく揺れ、鍋の蓋が飛びそうになる。


「強いって!」


「あはははは!」


「笑わないで!」


「ごめーん!」


 シルフたちは、楽しそうにリュカの周囲を飛び回った。


「もう少し弱くして!」


「これくらい?」


 今度は。


 優しい風が吹いた。


 木々の葉が揺れる。


 火照った肌を撫でるような、心地よい風だった。


「ああ、気持ちいい」


 フィオナが目を細める。


「これくらいならいいね」


「最初からそうしてよ」


「だって、面白そうだったから」


「もう……」


 リュカは呆れながらも笑った。


 そして最後に、足元へ目を向ける。


「ノーム」


「……」


「ノーム?」


「……」


「聞こえてる?」


「……眠い」


「起きてるじゃん!」


「寝るところ」


「ちょっとだけお願いがあるんだけど」


「明日でいい?」


「今日使うから駄目」


「じゃあ、明日使えば?」


「そういう問題じゃないよ!」


 フィオナが吹き出した。


「あははは!」


「笑わないでよ!」


「だって、ノームに言い負かされてるから」


「フィオナも手伝ってよ!」


「頑張って」


「またそれ!?」


 リュカはため息をつく。


 それでも、改めてノームへ頼んだ。


「少しだけ、地面を平らにしてほしいんだ」


「なんで?」


「今夜、ここで寝るから」


「そのままでいいじゃん」


「背中が痛いんだよ」


「人間って大変だね」


「お願いだから!」


「……仕方ないなあ」


 黄色い魔粒子が、ゆっくりと動き始める。


 地面の小石が沈み。


 僅かな凹凸が均されていった。


「ありがとう!」


「おやすみ」


「もう寝るの!?」


「眠いから」


 ノームは本当に、その場で眠り始めた。


 フィオナが笑う。


 リュカも笑った。


 火が燃えている。


 鍋の中では、温かな料理が煮込まれている。


 優しい風が吹いている。


 今夜眠る地面は、少しだけ平らになった。


 それだけ。


 誰も倒していない。


 魔物を討伐したわけでもない。


 大きな功績を残したわけでもない。


 冒険者として評価されるようなことでもない。


 けれど。


「……楽しいな」


 リュカは、ぽつりと呟いた。


「何が?」


 フィオナが尋ねる。


「魔法」


「うん」


「魔法って……楽しいんだね」


 フィオナは少しだけ目を細めた。


「そういえば」


「何?」


「昔、聞いたことがあるような気がする」


「何を?」


 フィオナは、記憶を探るように夜空を見上げた。


「かつて竜族は、万物を豊かにするために、妖精誘導法を人間へ与えたって」


「竜族が?」


「うん。確か、そんな話だったと思う」


 リュカは驚いた。


「じゃあ妖精誘導法って、もともとは戦うための魔法じゃなかったの?」


「たぶんね」


「たぶん?」


「だって、昔の話だもん」


 フィオナは焚き火へ小枝を放り込んだ。


「火で暖を取る。水で大地を潤す。風を運ぶ。土を耕す」


 ぱちぱちと。


 炎が小さく爆ぜる。


「人々の暮らしを豊かにするために。世界に生きるものたちが、少しでも幸せに暮らせるように」


 フィオナは静かに笑った。


「そのために、竜族が人間へ教えた魔法だったって聞いたことがあるよ」


「……そうなんだ」


 リュカは、自分の手を見る。


 火。


 水。


 風。


 土。


 自分がようやく扱えるようになった、四つの力。


 誰かを倒すためではない。


 何かを壊すためでもない。


 万物を豊かにするための魔法。


 不思議と。


 その言葉が嬉しかった。


「ああ、それと」


 フィオナが何かを思い出したように言った。


「魔法石ってあるでしょ?」


「あるけど」


 リュカは頷いた。


 魔法石。


 魔力を流し込むことで、あらかじめ刻まれた魔法を発動させる特殊な石。


 火を起こす。


 水を生み出す。


 明かりを灯す。


 魔法の適性を持たない者でも。


 自力では魔法を使えない者でも。


 魔法石さえあれば、その恩恵を受けることができる。


 今では人々の暮らしに深く根づいた、ごく当たり前の道具だった。


「あれも、元を辿れば竜族が人間へ教えた技術らしいよ」


「魔法石も?」


「うん」


「でも、魔法石は今も普通に使われてるよね?」


「今の魔法石はね」


「……どういうこと?」


 フィオナは、焚き火の炎を見つめながら話し始めた。


「竜族から伝えられた妖精誘導法と魔法石の技術は、魔王が誕生した頃に一度失われたらしいの」


「魔王が誕生した頃に?」


「うん。国が滅びたり、技術を伝える人が死んだり、記録が焼かれたりしたんじゃないかな」


「それじゃあ、今の魔法石は?」


「二百年くらい前に、もう一度作られたものなんだって」


「誰が?」


「精霊眼を持って生まれた、一人の少女」


「人間?」


「人間」


 リュカは目を見開いた。


 精霊眼。


 本来ならば、精霊やエルフのような有身精霊だけが持つ瞳。


 魔素。


 魔粒子。


 妖精。


 人間には見えない世界を、直接見ることのできる眼。


「人間なのに、精霊眼を持っていたの?」


「すごく珍しいけど、そういう人も生まれるらしいよ」


 その少女は。


 失われた書物を集め。


 竜族やエルフに残る伝承を調べ。


 自らの精霊眼で魔粒子の動きを観察した。


 そして。


 かつて存在した妖精誘導法の一部を、自らの手で再構築した。


「完全な妖精誘導法を取り戻したわけじゃなかったみたいだけどね」


「一部だけ?」


「うん。その子が再現できたのは、魔粒子を魔法石の中へ導いて、特定の現象を記録する技術だったらしいよ」


 火の魔粒子を収めれば、火を生み出す石。


 水ならば、水を生み出す。


 風ならば、風。


 土ならば、土。


 妖精たちの力を借り。


 魔粒子の流れを石の中へ定着させる。


 それによって。


 精霊眼を持たない者でも。


 魔粒子を見ることのできない者でも。


 あらかじめ記録された魔法を使えるようになった。


「じゃあ……」


 リュカは手元の妖精眼鏡へ触れる。


「今ある魔法石は、その少女が妖精誘導法の一部を使って、もう一度作り上げたものなの?」


「そういうことになるね」


「でも、妖精誘導法そのものは残らなかった」


「うん」


 魔法石の作り方は。


 やがて魔法式として整理され。


 妖精の姿を見ることができない人間にも、受け継がれていった。


 けれど。


 妖精たちの声を聞き。


 魔粒子の自然な流れを読み。


 直接語りかける技術までは、受け継がれなかった。


 少女の死と共に。


 再構築された妖精誘導法も、再び歴史の中へ消えていった。


「それもまた、人間が?」


 リュカは驚きを隠せなかった。


「うん」


 フィオナは笑う。


「人間って、すごいね」


「人間って、すごいのよ」


 フィオナは、少しだけ誇らしそうに答えた。


「見えないなら、見える方法を作る」


「失われたなら、もう一度探す」


「できないなら、できる方法を考える」


 妖精眼鏡もそうだった。


 竜族に育てられた人間が。


 大切な家族と同じ世界を見たいと願って作り出した。


 魔法石も。


 精霊眼を持つ一人の少女が。


 失われた技術をもう一度、人の世へ取り戻した。


「人間は、エルフほど長く生きられない」


 フィオナは静かに言う。


「竜族ほど強くもない。ドワーフほど器用でもないかもしれない」


 それでも。


「短い時間の中で、必死に考える」


「届かないものへ手を伸ばす」


「そして時々、私たちにも作れないようなものを作っちゃう」


 フィオナはリュカを見る。


「だから、人間ってすごいのよ」


「……そっか」


 リュカは小さく笑った。


 かつて。


 自分は人間だから。


 精霊眼を持たないから。


 魔粒子が見えないから。


 自分には関係ないと、諦めようとした。


 けれど。


 妖精眼鏡を作ったのも、人間だった。


 魔法石を蘇らせたのも、人間だった。


 できないことがあっても。


 それで、すべてが終わるわけではない。


「でも」


 リュカは首を傾げる。


「その少女が妖精誘導法を再構築したなら、どうして今は残ってないの?」


「そこまでは覚えてない」


「……え?」


「忘れちゃった」


「ありゃりゃ」


「仕方ないでしょ。昔の話なんだから」


 フィオナは悪びれる様子もなく答えた。


 リュカは少し呆れながら彼女を見る。


「ちなみに」


「何?」


「フィオナって、何年生きてるの?」


 その瞬間。


 フィオナは無言になった。


「……」


「……」


「それ、女の子に聞く? 普通」


「ごめん」


「もう……」


 フィオナは少しだけ頬を膨らませた。


 しかし。


 やがて、諦めたように息を吐く。


「いいよ」


「教えてくれるの?」


「一応ね」


 フィオナは少しだけ視線を逸らした。


「魔王の時代より、少し前から生きてる」


「……」


「……」


「え?」


「だから、魔王の時代より少し前から」


 リュカは固まった。


 目の前にいるのは。


 見た目だけなら、自分とそう変わらない少女だった。


 そんな彼女が。


 魔王が存在した時代よりも前から生きている。


「待って」


「何?」


「魔王って、千年以上前だよね?」


「そうだね」


「それが本当だったら……」


 リュカは指を折りながら数えようとした。


「フィオナって、千年以上生きてるじゃん?」


「うるさい!」


「うわっ!?」


「だから言いたくなかったもん!」


「ご、ごめん!」


「もう!」


 フィオナは真っ赤になって顔を背けた。


「女の子の年齢を聞いたうえに、わざわざ計算する!?」


「だって気になるだろ!?」


「気にしないの!」


「無理だよ! 千年以上だよ!?」


「もう一回言った!」


「ごめんなさい!」


「謝っても遅い!」


「じゃあ、どうすればいいの!?」


「知らない!」


 フィオナは、ぷいっとそっぽを向いた。


 リュカは困り果てる。


 そして。


 少しの沈黙の後。


「……フィオナ」


「何?」


「怒ってる?」


「怒ってる」


「ごめん」


「……」


「料理、もうすぐできるよ」


「……」


「フィオナの好きそうな味にしたんだけど」


「……本当?」


「うん」


 フィオナが、ちらりと鍋を見る。


「じゃあ、許す」


「早いね!?」


「うるさい!」


 リュカは笑った。


 フィオナも。


 少しだけ笑った。


 焚き火の炎が揺れていた。


 優しい風が吹いていた。


 鍋からは、美味しそうな香りが漂っている。


 かつて。


 万物を豊かにするために。


 竜族から人間へ与えられたという、妖精誘導法と魔法石。


 一度は魔王の時代に失われ。


 それでも二百年前。


 精霊眼を持つ一人の人間の少女によって、その一部が再び人の世へ取り戻された。


 完全な妖精誘導法は残らなかった。


 けれど。


 彼女が残した魔法石は。


 今も人々の暮らしを照らし。


 火を灯し。


 水を生み。


 魔法を使えない者へ、その恩恵を届け続けている。


 そして、この夜。


 失われた妖精誘導法もまた。


 一人の青年の手によって。


 確かに、もう一度使われていた。


 誰かを倒すためではない。


 強くなるためでもない。


 役に立つことを証明するためでもない。


 大切な人と共に。


 少しだけ便利に。


 少しだけ楽しく。


 今日という日を幸せに生きるために。


 この日。


 リュカは初めて。


 魔法そのものを、楽しいと思った。


 それは。


 三年間追い求めてきた、どんな大魔法よりも。


 ずっと。


 温かな魔法だった。

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