第2話 謎の爆裂魔法
リュカがレインたちのパーティに加わってから、数か月が経った。
冒険者としての生活は、幼い頃に思い描いていたものよりも、ずっと地味だった。
薬草採取。
街道の警備。
商人の護衛。
畑を荒らす魔物の討伐。
下水道に棲みついた大鼠の駆除。
もちろん、巨大な竜と戦うこともなければ、古代遺跡から伝説の秘宝を持ち帰ることもない。
それでも。
リュカは毎日が楽しかった。
「リュカ! そっちに行ったぞ!」
「分かった!」
森の中。
一匹の角兎が茂みを飛び出す。
リュカは慌てて身構えた。
「えっと……!」
腰から短剣を抜く。
しかし、遅い。
角兎は地面を蹴り、リュカへ飛びかかった。
「うわっ!」
その瞬間。
大きな盾が、リュカの前へ割り込んだ。
ガンッ!
角兎の角が盾へ激突する。
「危ないぞ、リュカ!」
「ご、ごめん!」
大盾を構えたガルドが笑う。
「謝るな! こういう時のために俺がいるんだからな!」
直後。
「レイン!」
「任せろ!」
レインが地面を蹴った。
一閃。
剣が角兎を斬り伏せる。
魔物はその場に倒れ、動かなくなった。
「討伐完了っと」
レインが剣についた血を払い、鞘へ収める。
少し離れた場所から、ヴィオラが歩いてきた。
「怪我は?」
「大丈夫」
「リュカは?」
「僕も大丈夫」
「なら、よかった」
ヴィオラは小さく微笑んだ。
リュカは倒れた角兎を見る。
また、何もできなかった。
「……ごめん」
「ん?」
レインが振り返る。
「僕、また何もできなかった」
「何言ってるんだよ」
レインは笑った。
「まだ冒険者になって数か月だろ?」
「でも……」
「俺だって最初は剣をまともに振れなかったぞ」
「本当に?」
「ああ。木剣を振り回して、自分の頭にぶつけたこともある」
「それは嘘でしょ」
「本当だ」
ガルドが笑う。
「俺は見たぞ」
「お前、それ言うなよ!」
レインがガルドの肩を小突く。
ヴィオラも口元を押さえて笑った。
リュカもつられて笑う。
こんな時間が好きだった。
仲間と一緒に依頼を受ける。
一緒に戦う。
一緒に食事をする。
失敗すれば笑われることもある。
けれど、誰も怒らない。
誰もリュカを責めない。
ここが。
自分の居場所なのだと思った。
◇
しかし。
リュカの魔法は、一向に発現しなかった。
「火よ」
何も起こらない。
「火よ!」
沈黙。
「……火よ!」
やはり、何も起こらない。
夜。
野営地から少し離れた場所で、リュカは一人、魔法の練習を続けていた。
火。
水。
風。
土。
どれも使えない。
冒険者ギルドの魔力適性検査では、常人を遥かに凌駕する莫大な魔力を持っていると言われた。
それなのに。
魔法は一つも使えない。
「どうしてだろう……」
リュカは自分の手を見る。
魔法の本も読んだ。
魔法式も覚えた。
魔力の流し方も勉強した。
それでも、何も起こらない。
「まだやってたのか?」
「え?」
振り返る。
レインが立っていた。
「レイン」
「もう遅いぞ」
「うん。もう少しだけ」
レインはリュカの隣へ座った。
「そんなに焦らなくてもいいだろ」
「でも、僕は魔法使いとしてパーティに入れてもらったから」
「だからって、すぐ使えるようになるとは限らないだろ」
「でも……」
「そのうち使えるさ」
レインはそう言って笑った。
「お前にはすごい魔力があるんだろ?」
「……うん」
「だったら大丈夫だ」
根拠などなかった。
それでも。
その言葉が嬉しかった。
「ありがとう」
「ああ」
リュカは再び手を前へ向ける。
「火よ!」
何も起こらない。
レインは笑った。
「まあ、気長にやろうぜ」
「うん」
◇
その日。
四人は一つの討伐依頼を受けていた。
森に現れたオーガの討伐。
新人冒険者にとっては、決して簡単な相手ではない。
身長は二メートルを超え、太い腕には人間を簡単に叩き潰すほどの力がある。
だが。
「俺たちならやれる」
レインはそう判断した。
ガルドが前衛で攻撃を受け止める。
レインが隙を見て攻撃する。
ヴィオラが錬金術で作った薬品や道具で援護する。
そしてリュカは、周囲の警戒と荷物の管理を担当する。
「いたぞ」
ガルドが低い声で告げた。
森の奥。
一本の大木の前に、巨大な影が立っていた。
オーガ。
手には巨大な棍棒。
「予定通りいくぞ」
レインが剣を抜く。
「ガルド」
「任せろ!」
ガルドが大盾を構え、前へ出る。
オーガが咆哮した。
「グオオオオオオッ!」
巨大な棍棒が振り下ろされる。
ガンッ!
凄まじい衝撃。
「ぐっ……!」
ガルドが歯を食いしばる。
「今だ!」
レインが飛び込んだ。
剣がオーガの脇腹を斬る。
「グオオッ!」
オーガが怒り狂う。
ヴィオラが小瓶を投げた。
「レイン、下がって!」
瓶が砕ける。
白い煙が広がった。
オーガが咳き込み、視界を奪われる。
「よし!」
レインが再び剣を構えた。
順調だった。
そのはずだった。
しかし。
オーガが突然、地面へ棍棒を叩きつけた。
轟音。
土と石が舞い上がる。
「うわっ!」
ガルドの体勢が崩れた。
その瞬間。
オーガが大きく腕を振る。
巨大な拳がガルドの盾を弾き飛ばした。
「ガルド!」
レインが叫ぶ。
オーガの棍棒が振り上げられる。
その先には。
地面に倒れたガルド。
「まずい!」
レインが走る。
だが、間に合わない。
「ガルド!」
リュカは叫んだ。
オーガが棍棒を振り下ろす。
嫌だ。
間に合わない。
このままでは。
仲間が死ぬ。
「やめろおおおおおおおっ!」
その瞬間だった。
リュカの身体から、何かが溢れ出した。
魔力。
莫大な魔力。
だが。
リュカ自身には、それが何なのか分からなかった。
ただ。
目の前のオーガを止めたい。
ガルドを助けたい。
その一心だった。
次の瞬間。
四方から何かが集まった。
見えない。
けれど、確かに何かが。
リュカの目の前で、一つになった。
そして。
――爆発した。
ドオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
世界が揺れた。
凄まじい爆音。
爆風。
衝撃。
「うわあああああっ!」
レインたちが吹き飛ばされる。
木々が大きく揺れる。
鳥たちが一斉に空へ飛び立つ。
しばらくして。
森に静寂が戻った。
「…………」
誰も動かなかった。
リュカは呆然と立っていた。
「……え?」
目の前には。
大きな穴が開いていた。
そして。
オーガの姿は、跡形もなく消えていた。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
最初に口を開いたのは、ガルドだった。
「す……」
「え?」
「すっげええええええええええええっ!」
ガルドが立ち上がる。
「なんだ今の!?」
「僕にも……分からない」
リュカは自分の手を見る。
震えていた。
「僕が……やったの?」
「お前以外に誰がいるんだよ!」
レインが駆け寄ってくる。
「すごいじゃないか、リュカ!」
「でも……」
「一撃だぞ! オーガを一撃で吹き飛ばしたんだ!」
ヴィオラも目を丸くしている。
「信じられない……」
彼女は爆発の跡を見る。
「これだけの威力……普通の魔法じゃない」
リュカは不安そうに尋ねた。
「僕……魔法を使えたのかな?」
レインが笑った。
「ああ!」
そして、リュカの肩を強く叩く。
「さすがリュカだ!」
ガルドも笑う。
「すごい威力だ! 莫大な魔力は伊達じゃなかったんだな!」
「やっぱり、あなたには才能があったのよ」
ヴィオラも嬉しそうに微笑んだ。
リュカは三人を見る。
誰も怒っていない。
誰も呆れていない。
みんな。
笑っている。
自分のことを喜んでくれている。
「僕……」
声が震えた。
「僕にも、魔法が使えたんだ……」
「ああ!」
レインが答える。
「やったな、リュカ!」
「うん!」
嬉しかった。
本当に。
嬉しかった。
ずっと魔法が使えなかった。
何度練習しても。
どれだけ勉強しても。
何も起こらなかった。
それでも。
やっと。
自分にも魔法が使えた。
「でも、なんの魔法なんだろう?」
リュカが尋ねる。
ヴィオラは少し考える。
「爆発したんだから……火属性かしら?」
「でも僕、火属性の適性はなかったよ」
「そうなのよね……」
四人は首を傾げる。
誰にも分からなかった。
それが何の魔法なのか。
なぜリュカに使えたのか。
ただ一つだけ分かることがある。
凄まじい破壊力を持つ魔法。
だから四人は、それを単純にこう呼ぶことにした。
――爆裂魔法。
◇
しかし。
爆裂魔法には、大きな問題があった。
「リュカ!」
「うん!」
数日後。
四人は初めてダンジョンへ挑んでいた。
狭い通路。
正面から魔物が迫る。
リュカは手を前へ向けた。
「いくよ!」
「待て待て待て待て!」
「え?」
レインが慌てて止める。
「ここであれ使ったら、俺たちまで吹き飛ぶ!」
「……あ」
全員が沈黙した。
確かに。
森で放った爆裂魔法は、オーガを跡形もなく吹き飛ばした。
同時に。
周囲の木々まで大きく揺らし、地面には巨大な穴を作った。
こんな狭い場所で使えば。
「……全員死ぬね」
ヴィオラが冷静に言った。
「ご、ごめん」
「謝るなって!」
レインが笑う。
「使える場所を選べばいいんだよ」
「でも……」
リュカは手を下ろした。
「やっと魔法が使えるようになったのに」
その表情を見て。
レインはリュカの肩へ手を置いた。
「焦らなくていい」
「え?」
「ゆっくり成長していこうぜ」
リュカは顔を上げる。
「お前には、あれだけすごい魔力があるんだ」
レインは笑った。
「いつか絶対、もっといろんな魔法が使えるようになるさ」
ガルドも頷く。
「そうだぞ! あの威力を見ただろ!」
ヴィオラも微笑む。
「私もそう思うわ」
「みんな……」
リュカは三人を見る。
そして。
笑った。
「うん!」
リュカは信じていた。
いつか。
もっと魔法を使えるようになる。
火も。
水も。
風も。
土も。
仲間と共に成長していく。
ずっと一緒に冒険する。
あの日。
レインが差し出してくれた手を。
ヴィオラの優しい笑顔を。
ガルドの大きな笑い声を。
リュカは心から信じていた。
この時は、まだ。
三年後。
その同じ仲間たちから。
「お前、もういらないから」
そう告げられることになるなど。
リュカは、まだ知らなかった。




