第1話 冒険者に憧れて
はじめまして。
『勇者パーティを追放された僕は、エルフの君と来世まで恋をする』を手に取っていただき、本当にありがとうございます。
本作は、「追放ざまぁ」の物語から始まります。
ですが、本当に描きたかったのは復讐ではありません。
無能と呼ばれた一人の青年が、自分を認めてくれる人と出会い、自分らしく生きることを知る物語。
そして、人間とエルフという寿命の違う二人が、「いつか訪れる別れ」と向き合いながら、それでも共に生きることを選ぶ恋愛物語です。
人はいつか必ず別れを迎えます。
だからこそ、一緒に過ごせる時間はかけがえのないものなのだと思います。
読み終えた時、少しでも「大切な人を大切にしたい」と感じていただけたなら、作者としてこれ以上嬉しいことはありません。
最後まで、リュカとフィオナの長い旅を見届けていただければ幸いです。
アウローラ魔導国。
世界でも有数の魔法大国として知られるこの国では、古くから魔法の研究が盛んに行われてきた。
街には魔道具を扱う店が立ち並び、夜になれば魔法灯が大通りを照らす。
魔導列車が人々を運び、遠く離れた街同士を結ぶ。
そして、国土の各地には数多くのダンジョンが存在していた。
ダンジョン。
魔素が長い年月をかけて集まり、大地そのものが変質して生まれた巨大迷宮である。
内部は外界よりも魔素濃度が高く、多くの魔物が棲みつく危険地帯として知られていた。
一方で、希少な薬草や魔鉱石などの貴重な資源も眠っており、多くの冒険者が命を懸けて挑む場所でもある。
そんなアウローラ魔導国の片隅にある、小さな村。
ベルフォーレ村。
豊かな森と畑に囲まれた、静かな村である。
そこで生まれ育った一人の少年がいた。
リュカ・ヴァレリー。
彼は幼い頃から、冒険者に憧れていた。
きっかけは単純だった。
幼い頃、村を訪れた一人の冒険者から話を聞いたのだ。
巨大なダンジョン。
見たこともない魔物。
地下深くに眠る古代遺跡。
誰も足を踏み入れたことのない未知の階層。
冒険者は酒を飲みながら、それらを楽しそうに語っていた。
幼いリュカは、その話を目を輝かせながら聞いていた。
いつか自分も。
世界中を旅して。
仲間と共にダンジョンへ挑んで。
誰も見たことのない景色を見てみたい。
その憧れは、少年が成長しても消えることはなかった。
そして。
十六歳になった日。
リュカは故郷のベルフォーレ村を出た。
「じゃあ、行ってきます!」
小さな鞄を背負い、村の入口で振り返る。
生まれ育った村。
見慣れた家々。
毎日のように歩いた道。
少しだけ寂しかった。
それでも、それ以上に胸が高鳴っていた。
これから自分の冒険が始まる。
そう信じていた。
◇
数日後。
リュカはアウローラ魔導国でも有数の大都市へ到着した。
「うわあ……」
思わず声が漏れる。
高い建物。
行き交う大勢の人々。
魔導具を売る店。
武器を背負った冒険者たち。
魔法使い。
剣士。
重装備に身を包んだ戦士。
獣人。
ドワーフ。
故郷の村では見たこともない光景ばかりだった。
「すごい……」
リュカは何度も周囲を見回した。
危うく人とぶつかりそうになり、慌てて道を譲る。
「す、すみません!」
謝りながら、それでも顔は笑っていた。
やっと来た。
ずっと憧れていた場所へ。
リュカは街の中央にある大きな建物を目指した。
冒険者ギルド。
重厚な扉を開く。
その瞬間。
ざわめきが耳へ飛び込んできた。
依頼書を眺める冒険者。
受付で報酬を受け取る者。
酒を飲みながら談笑する者。
傷だらけの鎧を着た戦士。
大きな杖を持った魔法使い。
リュカは入口に立ったまま、しばらく動けなかった。
「……本物だ」
思わず呟く。
「どうされましたか?」
「え?」
声をかけられ、リュカは我に返った。
受付の女性が微笑んでいる。
「あ、あの! 冒険者になりたいんです!」
緊張のあまり、少し大きな声が出た。
近くにいた冒険者たちがちらりとこちらを見る。
リュカは恥ずかしそうに顔を赤くした。
受付嬢はくすりと笑う。
「新規登録ですね。こちらへどうぞ」
「はい!」
リュカは受付へ向かった。
名前。
年齢。
出身地。
必要事項を記入していく。
「リュカ・ヴァレリーさん。十六歳ですね」
「はい」
「ベルフォーレ村のご出身ですか」
「はい!」
「魔法の使用経験は?」
「ありません」
「剣術や槍術などは?」
「……ありません」
受付嬢が少し困った顔をした。
リュカは慌てる。
「で、でも! 魔法の勉強はずっとしてきました!」
「魔法の勉強を?」
「はい!」
魔素。
魔力。
四大属性。
魔法式。
魔道具。
実際に魔法を使うことはできなかったが、魔法に関する本だけは何度も読んできた。
受付嬢は頷く。
「分かりました。それでは、魔力適性検査を受けていただきます」
「魔力適性検査?」
「はい。魔力量と、どの属性に適性があるかを調べる検査です」
リュカの胸が高鳴った。
火。
水。
風。
土。
自分はどの属性なのだろう。
強力な炎を操る火属性だろうか。
それとも、水。
あるいは風。
土もいい。
どれでも構わなかった。
魔法が使えるなら。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、ギルド奥にある小さな部屋だった。
中央には、大きな透明の水晶が置かれている。
「この水晶へ手を触れてください」
「はい」
リュカは緊張しながら、水晶へ右手を置いた。
冷たい。
「そのまま力を抜いてください」
言われた通りにする。
数秒後。
水晶が光った。
「え……?」
受付嬢が目を見開く。
光はさらに強くなる。
部屋全体が白く染まるほどの輝き。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「え?」
「そのまま! 手を離さないでください!」
受付嬢は慌てて別の職員を呼びに行った。
しばらくして、数人の職員が部屋へ入ってくる。
「これは……」
「本当に十六歳か?」
「この魔力量は……」
ざわめきが広がる。
リュカは不安になった。
「あの……何か問題が?」
一人の職員が答える。
「問題どころではありません」
「え?」
「あなたは、非常に大きな魔力を持っています」
「……本当ですか?」
「はい。常人とは比較にならないほどです」
リュカの顔が輝いた。
「じゃあ、僕は魔法使いになれるんですね!」
職員たちは顔を見合わせる。
「まずは属性適性を調べましょう」
四つの小さな魔水晶が用意された。
火。
水。
風。
土。
それぞれの属性に反応する水晶。
「順番に触れてください」
「はい!」
まず火。
リュカは水晶へ触れる。
何も起こらない。
「……あれ?」
「次を」
水。
何も起こらない。
風。
反応なし。
土。
沈黙。
「…………」
部屋が静まり返った。
リュカは四つの水晶を見つめる。
「あの……もう一回やってもいいですか?」
「どうぞ」
もう一度。
火。
反応なし。
水。
反応なし。
風。
反応なし。
土。
やはり、何も起こらない。
「そんな……」
リュカは呟いた。
あれほど大きな魔力を持っていると言われた。
なのに。
どの属性にも適性がない。
「こういうことって、あるんですか?」
受付嬢は少し困ったように答える。
「非常に珍しいですが……ないわけではありません」
「じゃあ、僕は……」
その先を聞くのが怖かった。
受付嬢は慎重に言葉を選ぶ。
「少なくとも現時点では、四大属性の魔法を扱うことは難しいと思われます」
「……そうですか」
胸の中にあった期待が、音を立てて崩れた。
火でもいい。
水でもいい。
風でも。
土でも。
何でもよかった。
ただ魔法が使いたかった。
冒険者になりたかった。
仲間と一緒にダンジョンへ行きたかった。
なのに。
「莫大な魔力があっても……魔法が使えないことってあるんですね」
リュカは寂しそうに笑った。
その時だった。
「なあ」
背後から声がした。
振り返る。
一人の青年が立っていた。
腰には剣。
まだ真新しい革鎧。
年齢はリュカより少し上だろうか。
「さっきの検査、見てたんだけどさ」
青年は笑った。
「すごい魔力なんだろ?」
「え?」
「だったら、そのうち何か使えるようになるんじゃないか?」
「でも、僕は四大属性のどれにも適性がなくて……」
「今は、だろ?」
リュカは目を瞬かせた。
青年は手を差し出す。
「俺はレイン。レイン・グレイヴ」
そして、少し照れくさそうに笑った。
「実はさ。俺たち、ちょうど魔法使いを探してたんだ」
「魔法使いを?」
「ああ。なかなか見つからなくてさ」
レインの後ろには、二人の男女がいた。
一人は、大きな鞄を肩に掛けた少女。
錬金術士ヴィオラ・ベルネージュ。
もう一人は、大きな盾を背負った屈強な青年。
タンクのガルド・バルガス。
「俺たちも、まだパーティを組んだばかりなんだ」
レインは言う。
「だから、一緒にやらないか?」
「……僕が?」
「ああ」
「でも、僕は魔法を使えないよ?」
「これから使えるようになるかもしれないだろ」
その言葉に。
リュカは顔を上げた。
レインは笑っている。
「焦らなくていいさ」
そして。
「俺たちだって、まだ新人なんだから」
リュカは差し出された手を見る。
夢にまで見た冒険者。
仲間。
パーティ。
自分にも、その場所がある。
「……はい!」
リュカはレインの手を取った。
「よろしくお願いします!」
「そんなに堅くならなくていいって」
レインが笑う。
ヴィオラも小さく微笑んだ。
「よろしくね、リュカ」
ガルドは大きな手でリュカの肩を叩く。
「頑張ろうぜ!」
「はい!」
リュカは笑った。
この時の彼は、心から信じていた。
いつか自分も魔法を使えるようになる。
仲間と共に冒険する。
ダンジョンへ挑む。
世界中を旅する。
そして、いつの日か。
名を上げる。
そんな未来を。
心から信じていた。




