第25話 四つの妖精
妖精誘導法の存在を知ってから。
リュカの魔法修行は、さらに本格的なものになっていった。
これまでは。
火を灯す。
水滴を生み出す。
風を吹かせる。
土を浮かせる。
まずは、一つ一つの魔粒子へ働きかけることから始めていた。
けれど。
妖精誘導法を身につけるためには、ただ魔粒子を動かせるだけでは足りない。
どこから流れてくるのか。
どこへ向かおうとしているのか。
どの程度までなら、自然の流れを乱さずに力を借りられるのか。
そして何より。
その魔粒子によって身体を構成する妖精たちと、意思を通わせなければならない。
火。
水。
風。
土。
四種類すべての魔粒子を理解し、それぞれの性質に合った方法で力を借りる。
それが、リュカの次の課題だった。
しかし。
「お願い。少しだけ力を貸してくれない?」
「嫌」
「……即答?」
火の妖精――サラマンダーは、活発で気が強い。
気分が乗れば、頼んでいないほど勢いよく炎を燃やす。
反対に。
少しでもリュカの頼み方が気に入らなければ、頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
「昨日は貸してくれたじゃないか」
「昨日は昨日。今日は今日」
「そんな……」
「それに、お願いする時の気合いが足りない!」
「気合い?」
「もっと熱く!」
「火の妖精だから?」
「そう!」
リュカは戸惑いながら、改めて頭を下げた。
「お願いします! 少しだけ力を貸してください!」
「声が小さい!」
「お願いします!」
「よろしい!」
サラマンダーは満足そうに胸を張った。
「……これ、本当に魔法の修行なのかな」
「立派な修行だよ」
隣で見ていたフィオナは、楽しそうに笑っている。
◇
水の妖精――ウンディーネは、気まぐれだった。
「少しだけ、水を集めてくれる?」
「どうしようかなあ」
「お願い」
「今日は気分じゃないかも」
「さっきまで機嫌よさそうだったよね?」
「さっきまではね」
「何かした?」
「何もしてないよ」
「じゃあ、どうして?」
「なんとなく」
「なんとなく!?」
ウンディーネたちは、小川の水面を滑るように飛び回りながら笑った。
強く頼めば逃げる。
何度も繰り返せば、ますます面白がって焦らす。
そこでリュカは、しばらく黙って彼女たちを眺めてみることにした。
水面で遊ぶ。
青い魔粒子と戯れる。
互いに水を掛け合い、楽しそうに笑っている。
やがて。
リュカは小さく笑った。
「楽しそうだね」
「楽しいよ」
「僕も混ぜてくれる?」
「いいよ」
「じゃあ、少しだけ水を貸して」
「仕方ないなあ」
青い魔粒子が、ゆっくりとリュカの掌へ集まっていく。
「……頼み方が違ったのか」
「ウンディーネは、急かされるのが嫌いなのかもね」
フィオナが言う。
「先に言ってよ」
「自分で分かった方が覚えるでしょ?」
「絶対、面白がってるだけだよね?」
「ばれた?」
◇
風の妖精――シルフは、悪戯好きだった。
「シルフ。あの木まで風を吹かせてくれる?」
「いいよー!」
返事だけは、一番早い。
しかし。
次の瞬間。
風は、リュカが指差した方向とは正反対へ吹いた。
「そっちじゃない!」
「間違えたー!」
「絶対わざとだろ!」
「今度はちゃんとやるよ!」
再び風が吹く。
今度は真上。
リュカの髪が勢いよく巻き上げられた。
「あはははは!」
「やっぱりわざとじゃないか!」
「面白い髪形!」
「戻してよ!」
シルフたちは、笑いながらリュカの周囲を飛び回った。
追いかければ逃げる。
怒れば、さらに面白がる。
リュカはしばらく翻弄された末、大きく息を吐いた。
「分かったよ。もう好きにして」
「諦めたの?」
「ただし、最後に一回だけ。あの木まで風を運んでくれたら、一緒に遊ぶ」
「本当?」
「うん」
「じゃあやる!」
緑色の魔粒子が流れを変えた。
柔らかな風が草原を渡り、リュカの示した木の枝を揺らす。
「できた!」
「約束だからね!」
「はいはい」
リュカは苦笑しながら、シルフたちの追いかけっこに付き合うことになった。
「妖精にお願いするだけじゃなくて、遊び相手までしなきゃいけないんだ……」
「シルフには、その方が効くみたいだね」
「フィオナ、楽しそうだね」
「すごく楽しいよ」
「僕は大変なんだけど!」
◇
そして。
土の妖精――ノームは。
「少しだけ、力を貸してくれる?」
「眠い」
のんびり屋だった。
「少しだけでいいんだ」
「あとで」
「その『あとで』って、いつ?」
「そのうち」
「昨日もそう言ってたよね?」
「昨日は昨日」
「サラマンダーと同じこと言ってる……」
ノームは地面へ寝転がったまま、動こうとしない。
何度頼んでも。
呼びかけても。
返ってくるのは、眠そうな返事ばかりだった。
「どうすれば動いてくれるんだろう」
リュカが困り果てていると。
一体のノームが、うっすらと目を開けた。
「急ぐの?」
「え?」
「今すぐじゃないと駄目?」
「……いや」
リュカは考えた。
今日中に魔法を完成させなければならないわけではない。
敵が迫っているわけでもない。
ただ。
早く上達したいと、自分が焦っていただけだった。
「急がなくてもいいよ」
「そう」
ノームは再び目を閉じる。
「じゃあ、少し待って」
「うん」
リュカは、その場に腰を下ろした。
一刻。
二刻。
何も起こらない。
それでも。
今度は急かさなかった。
土の魔粒子は、ほかの属性よりも遥かにゆっくりと動いている。
大地の下を。
人間には感じ取れないほど長い時間をかけて。
静かに巡っている。
やがて。
ノームが身体を起こした。
「待てたね」
「うん」
「じゃあ、少しだけ」
黄色い魔粒子が揺れる。
足元の小石が、ゆっくりと浮かび上がった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
ノームはそれだけ答えると、再び地面へ横になった。
リュカは浮かんだ小石を見つめる。
動かすことだけが大切なのではない。
時には。
待つことも必要なのだ。
◇
サラマンダーには、熱意を見せる。
ウンディーネには、同じ時間を楽しむ。
シルフとは、一緒に遊ぶ。
ノームには、急かさずに待つ。
同じ妖精でも。
同じ頼み方では、力を貸してもらえない。
性格が違う。
考え方が違う。
大切にしているものも違う。
リュカは少しずつ。
四種の妖精たちとの付き合い方を覚えていった。
話す。
声を聞く。
相手を知ろうとする。
お願いする。
時には断られる。
機嫌を損ねる。
謝る。
そして。
また話す。
「……魔法って、もっと難しい理論を覚えるものだと思ってた」
修行を終えたリュカが呟く。
「違った?」
「理論も難しいけど」
リュカは周囲を飛び回る妖精たちを見た。
「それ以上に、相手を知ることが大事なんだね」
「うん」
フィオナは笑った。
「だって、力を借りるんだから」
リュカは頷く。
自分の望みを、一方的に押しつけるのではない。
相手の声を聞く。
相手が何を嫌がるのか。
何を喜ぶのか。
何を大切にしているのか。
それを知ろうとする。
妖精誘導法とは。
ただ妖精を使役し、魔粒子を動かす技術ではない。
世界に生きる者たちと向き合い。
互いに少しずつ歩み寄るための魔法なのだ。
「少しは仲良くなれたかな」
リュカが尋ねる。
妖精たちは互いに顔を見合わせた。
「まあまあ」
「前よりはね」
「まだ遊び足りない!」
「眠い」
「……先は長そうだなあ」
リュカは苦笑した。
フィオナも笑う。
それでも。
妖精たちはもう。
リュカの姿を見て逃げることはなかった。




