第22話 まずは謝るところから
「……少しだけ、力を貸してくれる?」
リュカは、恐る恐る妖精たちへ尋ねた。
返事は。
「嫌!」
即答だった。
「えっ」
「絶対に嫌!」
「また爆発させるもん!」
「信用できない!」
「三年間も迷惑かけられたんだから!」
「そうだそうだ!」
妖精たちから、一斉に非難の声が上がる。
「……」
リュカは何も言えなかった。
当然だった。
三年間。
リュカは妖精たちの声が聞こえないまま、魔粒子を無理やり引き寄せてきた。
火。
水。
風。
土。
四種類すべての魔粒子を、莫大な魔力によって強引に動かし、一点へ集め、衝突させる。
そして。
爆発させる。
リュカに悪気はなかった。
そもそも、妖精たちが本当に存在することすら知らなかった。
声も聞こえなかった。
姿も見えなかった。
それでも。
妖精たちにとっては関係ない。
何度も。
何度も。
やめてと言った。
危ないと叫んだ。
けれど、リュカには届かなかった。
「……どうしよう」
困り果てたリュカは、フィオナを見る。
「どうしようって?」
「誰も力を貸してくれない」
「そりゃそうでしょ」
「……やっぱり?」
「うん」
フィオナはあっさり頷いた。
「リュカ、悪い意味で有名人みたいだし」
「……知ってる」
「三年間も爆発させてたんでしょ?」
「……はい」
「だったら」
フィオナは言った。
「謝れば?」
「……え?」
「謝る」
「……それだけ?」
「だって、悪いことしたんでしょ?」
「それは……そうだけど」
「だったら、まず謝らないと」
あまりにも単純だった。
何か特別な方法があるわけではない。
妖精たちを従わせる魔法も。
信頼させる秘術も。
そんなものは何もない。
悪いことをした。
だから。
謝る。
「……分かった」
リュカは妖精たちを見る。
何体もの妖精が、じっとこちらを見ている。
腕を組んでいる者。
頬を膨らませている者。
明らかに警戒している者。
リュカは少しだけ緊張した。
そして。
深く頭を下げた。
「今まで、ごめんなさい」
「……」
「……」
沈黙。
やがて。
一体の妖精が口を開いた。
「ごめんなさいじゃないでしょ?」
「……え?」
「申し訳ございませんでした、でしょ?」
「……」
リュカはさらに深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
「よろしい」
「そこは許してくれるんだ……」
「まだ許してない!」
「ご、ごめんなさい!」
「またごめんなさいって言った!」
「申し訳ございませんでした!」
「よろしい!」
「難しいなあ!」
フィオナが隣で笑っていた。
「フィオナ、笑ってないで助けてよ!」
「無理。リュカの問題だから」
「そんな……」
リュカは困った顔をする。
けれど。
もう一度、妖精たちへ向き直った。
今度はふざけず。
誤魔化さず。
真っ直ぐに。
「僕は、君たちのことを知らなかった」
妖精たちは黙っている。
「姿も見えなかった。声も聞こえなかった。魔粒子がどう流れているのかも知らなかった」
三年間。
リュカにとって。
魔粒子はただの知識だった。
魔導書に書かれたもの。
魔法を構成するもの。
目には見えないもの。
それだけだった。
「だから僕は、自分が何をしているのか分かってなかった」
莫大な魔力で。
無理やり引き寄せ。
衝突させ。
爆発させた。
「でも」
リュカは言った。
「知らなかったからって、僕が君たちに迷惑をかけたことがなくなるわけじゃない」
妖精たちが、少しだけ顔を見合わせる。
「だから、本当にごめんなさい」
「……」
「これからは、ちゃんと君たちの声を聞きたい」
リュカは頭を下げる。
「もう、無理やり引っ張らない」
「本当に?」
「うん」
「ぶつけない?」
「ぶつけない」
「爆発させない?」
「……できる限り」
「できる限り!?」
「だって絶対って言って、また失敗したら嘘になるから!」
「そこは絶対って言ってよ!」
「でも失敗するかもしれないし!」
「怖い!」
「だから練習してるんだよ!」
妖精たちが騒ぎ始める。
リュカも必死に説明する。
フィオナは、そんな様子を少し離れた場所から眺めていた。
そして。
笑っていた。
きっと。
これでいいのだと思う。
最初から上手くいく必要なんてない。
すぐに信頼してもらう必要もない。
話す。
聞く。
分かり合おうとする。
それを繰り返せばいい。
やがて。
一体の妖精が、リュカの前へ飛んできた。
「……まあ」
「うん?」
「めちゃくちゃ迷惑だったけど」
「……はい」
「本当に、めちゃくちゃ迷惑だったけど」
「二回言わなくても分かってるよ」
「三年間だからね!」
「はい……」
妖精は腕を組んだ。
「でも、たまたま誰も怪我しなかったし」
「……たまたま?」
「そう。たまたま」
「そんなに危なかったの?」
「危なかったよ!」
「申し訳ございませんでした!」
「よろしい!」
リュカは完全にこの妖精との接し方を覚え始めていた。
妖精は少しだけ考える。
そして。
「君も、悪気があったわけじゃないんでしょ?」
「うん」
「今までは、私たちのことが見えなかった」
「うん」
「声も聞こえなかった」
「うん」
「でも、今は?」
リュカは答える。
「見えるよ」
「声は?」
「ちゃんと聞こえる」
「……そっか」
妖精は、少しだけ笑った。
「だったら」
そして。
小さな手を、リュカへ差し出した。
「少しだけなら、力を貸してあげる」
「……本当に?」
「少しだけ!」
「ありがとう!」
「あと、変なことしないでね!」
「分かった!」
「無理やり引っ張らない!」
「うん!」
「ぶつけない!」
「うん!」
「爆発させない!」
「……頑張る!」
「そこは絶対って言って!」
「絶対!」
妖精は満足そうに頷いた。
リュカは、差し出された小さな手を見る。
そして。
そっと人差し指を伸ばした。
小さな手と。
リュカの指先が触れる。
その瞬間。
妖精の周囲を漂っていた魔粒子が、ほんの少しだけ揺れた。
リュカは目を見開く。
今までとは違う。
自分が引き寄せたのではない。
魔力で無理やり動かしたのでもない。
妖精が。
自分の意思で。
ほんの少しだけ、力を貸してくれた。
「……ありがとう」
リュカがもう一度言う。
妖精は、少し照れたように顔を背けた。
「一回言えば分かるから」
フィオナが笑う。
「よかったね」
「うん」
リュカも笑った。
三年間。
リュカは魔粒子を支配しようとしてきた。
いや。
支配していることすら知らなかった。
ただ必死だった。
魔法を使いたかった。
役に立ちたかった。
無能ではないと証明したかった。
だから。
力任せに世界を動かそうとしていた。
けれど。
この日。
リュカは初めて。
世界へ命令するのではなく。
世界にお願いをした。
そして。
初めて。
世界のほうから。
ほんの少しだけ。
力を貸してもらった。




