第20話 爆裂魔法の正体
リュカの、本当の魔法修行が始まった。
まずフィオナが最初に言ったのは。
「じゃあ、もう一回。あの爆裂魔法を使ってみて」
「……また?」
「うん」
リュカは少し嫌そうな顔をした。
「この前も使ったけど」
「その時は魔物と戦ってたでしょ?」
「まあ……そうだけど」
「今回はちゃんと観察するの」
フィオナが指差した先には、何もない広い荒野が広がっていた。
木もない。
民家もない。
人の姿もない。
「ここなら大丈夫でしょ?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「僕の魔法だから」
「なるほど。じゃあ、もっと離れようか」
「そこは信じてよ!」
フィオナは笑いながら、少しだけ距離を取った。
リュカは小さく息を吐く。
そして、妖精眼鏡をかけ直した。
世界が変わる。
空気中を漂う、無数の光。
赤。
青。
緑。
黄。
火。
水。
風。
土。
四種類の魔粒子が、それぞれ自然の流れに従って世界を巡っている。
その中を、妖精たちが自由に飛び回っていた。
「じゃあ、やってみて」
「うん」
リュカは前方へ手を伸ばす。
そして。
魔力を込めた。
その瞬間。
やはり。
四種類すべての魔粒子が、リュカのもとへ吸い寄せられ始めた。
火。
水。
風。
土。
本来なら、それぞれ異なる流れを持つはずの魔粒子。
それらがすべて。
リュカの莫大な魔力に引かれるように、一点へ集まっていく。
「……やっぱり」
リュカは呟いた。
前にも見た。
魔物との戦闘で、爆裂魔法を使った時。
あの時も。
四種類すべての魔粒子が、自分の魔力へ吸い寄せられていた。
けれど。
戦闘中だった。
魔物を倒すことに必死だった。
魔粒子の一つ一つの動きを、落ち着いて見る余裕などなかった。
今なら見える。
はっきりと。
「すごいね」
フィオナが呟く。
「何が?」
「普通じゃないよ、これ」
「……やっぱり?」
「うん。普通の魔法使いは、自分の適性に合った魔粒子にしか干渉できないからね」
火属性なら、火。
水属性なら、水。
風属性なら、風。
土属性なら、土。
しかし。
リュカには、四大属性のどれにも適性がない。
それなのに。
四種類すべての魔粒子が、彼の魔力に反応している。
「しかも」
フィオナは目を細めた。
「君、魔粒子の流れを完全に無視してる」
「……え?」
「見て」
リュカは前を見る。
確かに。
自然に流れていた魔粒子が。
無理やり。
強引に。
リュカの魔力によって引き寄せられている。
「魔粒子には、それぞれ自然な流れがあるんだよ」
フィオナは説明する。
「でも君は、その流れを全部無視して、力任せに引っ張ってる」
「……僕、そんなことしてたの?」
「してるね」
その瞬間。
周囲から、一斉に声が上がった。
「そうだよ!」
「ずっと迷惑だった!」
「何度やめてって言ったと思ってるの!」
「だから前から言ってるじゃん!」
「ご、ごめんなさい!」
リュカは反射的に謝った。
「まだ終わってない!」
「え?」
「前見て!」
「うわっ!?」
四種類の魔粒子が。
一点へ。
激しく衝突した。
火。
水。
風。
土。
四つの異なる魔粒子がぶつかり合う。
そして。
融合する。
新たなものへ変わる。
――魔素。
次の瞬間。
轟音。
凄まじい爆発が荒野を揺らした。
爆風が吹き荒れる。
土煙が舞い上がる。
大地が大きく抉れた。
「うわあああっ!」
リュカは慌てて顔を庇う。
やがて。
土煙がゆっくりと晴れていく。
そこには、巨大な穴が開いていた。
「……」
リュカは絶句する。
何度も使ってきた。
自分に唯一使える魔法。
そう思っていた。
けれど今。
妖精眼鏡を通して。
改めて、その現象を最初から最後まで見ることができた。
「なるほどね」
フィオナが呟いた。
「何か分かった?」
「うん」
フィオナは、爆発によってできた巨大な穴を見る。
「君、今まで四種類の魔粒子を無理やり集めて、力任せにぶつけてたんだよ」
「……僕が?」
「うん」
フィオナは頷く。
「知ってると思うけど、火、水、風、土。四種類の魔粒子が融合すると、魔素が生まれる」
「うん」
「今、君がやったのはそれ」
フィオナは爆発の中心を指差した。
「四種類すべての魔粒子を無理やり引き寄せて、一点で衝突させた。そして、ぶつかった魔粒子が融合して、魔素が生まれた」
「……それが、爆発したの?」
「正確には、四種類の魔粒子が急激に衝突して、融合して、魔素へ変換される。その瞬間に、凄まじいエネルギーが発生してるんだと思う」
リュカは巨大な穴を見る。
「でも……」
「何?」
「僕が今ぶつけた魔粒子って、そんなに多くなかったよね?」
「うん」
フィオナも頷く。
「私もそれが気になってた」
確かに。
リュカが引き寄せた魔粒子の数は、決して多くない。
少なくはない。
しかし。
これほど巨大な爆発を引き起こすほどの量には見えなかった。
「それなのに、この威力……」
フィオナは感心したように呟く。
「すごいね」
「……褒めてる?」
「半分くらい」
「残りの半分は?」
「呆れてる」
「……」
「だって君」
フィオナは周囲を見回した。
そこには。
怒りに震える妖精たちがいた。
「ずっと、この子たちに迷惑かけてたみたいだし」
「そうだよ!」
「ずっと迷惑だった!」
「三年間も!」
「毎回毎回!」
「無理やり引っ張って!」
「ぶつけて!」
「爆発させて!」
リュカの顔が青ざめていく。
「いや……その……」
「だから前から言ってるじゃん!」
「ご、ごめんなさい!」
リュカは反射的に頭を下げた。
「またすぐ謝った!」
「だって怒ってるから!」
「だから話を最後まで聞いて!」
「はい!」
リュカは慌てて顔を上げた。
すると。
一体の妖精が、ものすごい勢いでリュカの鼻先まで飛んできた。
「いい!?」
「はい!」
「確認だけど!」
「はい!」
「分かってると思うけど!」
「はい!」
妖精は、自分の小さな身体を両手で指差した。
「私たちの身体は、魔粒子でできてるの!」
「……うん」
「うん、じゃないわよ!」
「えっ!?」
「だったら分かるでしょ!?」
リュカは目を瞬かせた。
「……何が?」
「分かってないじゃない!」
「ご、ごめんなさい!」
妖精は頭を抱えた。
そして。
大きく息を吸う。
「あなたがやってるのはね!」
小さな指を、リュカへ突きつける。
「私たちの身体を作ってる魔粒子を!」
「……」
「無理やり引っ張って!」
「……」
「力任せにぶつけて!」
「……」
「最後には爆発させてるの!」
「……」
リュカの顔から。
みるみる血の気が引いていった。
「……え?」
「だから!」
妖精は叫んだ。
「私たちを引っ張って、ぶつけて、殺すつもりなの!?」
「そんなつもりないよ!」
リュカは即座に叫んだ。
「絶対にない!」
「でも、やってることは同じでしょ!」
「知らなかったんだよ!」
「三年間も!」
「本当にごめんなさい!」
「だからすぐ謝る!」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!?」
「まず最後まで話を聞いて!」
「はい!」
リュカは背筋を伸ばした。
フィオナは隣で笑いを堪えている。
「フィオナ! 笑ってないで助けてよ!」
「無理。これはリュカが悪いから」
「知らなかったんだって!」
「でも今は知ったでしょ?」
「……はい」
リュカは肩を落とした。
そして。
改めて妖精たちを見る。
小さな身体。
透明な羽。
魔粒子の光をまといながら、宙に浮かぶ生命。
その身体そのものが。
魔粒子によって構成されている。
リュカは、ようやく理解した。
なぜ。
妖精たちが、これほどまでに怒っていたのか。
三年間。
自分は何度も。
彼女たちの身体を形作るものと同じ魔粒子を。
無理やり引き寄せ。
力任せにぶつけ。
爆発させ続けてきた。
知らなかったとはいえ。
妖精たちからすれば、たまったものではない。
「……本当に、ごめん」
今度は。
反射的ではなかった。
リュカは、自分の意思で頭を下げた。
「僕、知らなかったんだ」
妖精たちは黙っている。
「見えなかったし。聞こえなかった。だから、自分が何をしてるのか、本当に知らなかった」
「……」
「でも、今は見える」
リュカは顔を上げた。
「君たちが見えるし、声も聞こえる」
そして。
真っ直ぐに妖精たちを見る。
「だから、もう君たちを傷つけるようなことはしたくない」
妖精たちは、じっとリュカを見つめた。
しばらくして。
「……本当に?」
「うん」
「もう無理やり引っ張らない?」
「努力します」
「そこは絶対って言いなさいよ!」
「だって、まだ魔法の使い方が分からないんだよ!」
「じゃあ覚えなさい!」
「はい!」
リュカは再び背筋を伸ばした。
その様子を見て。
フィオナが、くすりと笑った。
そして。
この日。
リュカは初めて知った。
三年間使い続けてきた。
自分に唯一使えると思っていた爆裂魔法。
その正体を。
それは。
火魔法ではなかった。
水魔法でもない。
風魔法でも。
土魔法でもない。
そもそも。
魔法と呼べるものですらなかった。
莫大な魔力によって。
火。
水。
風。
土。
四種類すべての魔粒子を強引に引き寄せ。
衝突させ。
融合させる。
その結果。
魔素が生成される瞬間に生じる、凄まじいエネルギー。
それこそが。
リュカが三年間。
爆裂魔法と呼び続けてきたものの正体だった。




