第18話 生まれて初めての自由
フィオナと旅を始めてから、どれくらい経っただろう。
薬草を採った。
魔物を討伐した。
商人の護衛をした。
稼いだ金で、美味しいものを食べた。
安宿に泊まった。
時には野宿もした。
失敗もした。
笑われた。
けれど。
それは、馬鹿にするための笑いではなかった。
リュカが失敗すれば、フィオナは笑った。
「失敗したね」
「……ごめん」
「なんで謝るの?」
「だって、失敗したから」
「じゃあ、次は失敗しなきゃいいじゃん」
それだけだった。
怒鳴られない。
責められない。
役立たずと言われない。
無能と言われない。
失敗しても。
次がある。
そんな当たり前のことを。
リュカは、いつの間にか忘れていた。
ある日の夕暮れ。
二人は小さな丘の上で休んでいた。
遠くには、今日出発した街が見える。
茜色に染まった空。
ゆっくりと沈んでいく太陽。
頬を撫でる、優しい風。
隣では、フィオナが買ったばかりの焼き菓子を美味しそうに食べている。
「おいしい」
「それ、さっきから三回目だよ」
「おいしいんだから仕方ないでしょ」
「そうだけど」
「リュカも食べる?」
「うん」
フィオナから焼き菓子を一つ受け取る。
一口食べる。
甘かった。
「おいしいね」
「でしょ?」
フィオナが嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ながら。
リュカは、ふと思った。
今。
自分は。
誰の機嫌も窺っていない。
フィオナが怒っていないか。
何か気に障ることをしていないか。
次は何を命令されるのか。
そんなことを考えていない。
肩を揉まなくていい。
荷物を全部持たなくていい。
怒鳴られることを恐れなくていい。
失敗することを怖がらなくていい。
何かあるたびに。
謝り続けなくていい。
ただ。
隣にいる人と。
同じ景色を見て。
同じものを食べて。
美味しいねと笑う。
それだけでいい。
「……そっか」
リュカが小さく呟いた。
「何が?」
「いや」
リュカは少し考えてから。
笑った。
「僕、今、自由なんだなって」
フィオナは目を瞬かせた。
「今さら?」
「……今さらって」
「だって、最初から自由でしょ?」
「そうなんだけど」
リュカは苦笑する。
きっと。
勇者パーティを追放されたあの日から。
自分は自由だった。
けれど。
自由になったことに。
自分自身が気づいていなかった。
誰かの機嫌を窺わなくていい。
怒鳴られることを恐れなくていい。
謝り続けなくていい。
そして何より。
自分が作った料理を。
「おいしい」
そう言ってくれる人がいる。
自分が何かをすれば。
「ありがとう」
そう言ってくれる人がいる。
たった、それだけ。
それだけなのに。
こんなにも嬉しい。
こんなにも温かい。
リュカは夕暮れの空を見上げた。
三年間。
自分はずっと。
無能だと思っていた。
役立たずだと思っていた。
何もできないと思っていた。
けれど。
薬草を見つけることができた。
料理を作ることができた。
魔物の素材を見分けることができた。
誰かを助けることもできた。
そして。
自分がしたことで。
誰かが笑ってくれた。
リュカは少しずつ。
本当に少しずつ。
自分を取り戻していた。
そして。
変わり始めていたのは。
リュカだけではなかった。
「ねえ、リュカ」
「何?」
「もう一個食べる?」
「食べる」
「はい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
フィオナは笑った。
旅を始めた頃。
彼女に目的地はなかった。
ただ世界を見たかった。
知らない街を歩きたかった。
見たことのない景色を見たかった。
美味しいものを食べたかった。
それだけだった。
一人でも楽しかった。
一人でも自由だった。
寂しいと思ったことなど、一度もなかった。
けれど。
いつからだろう。
美味しいものを見つけると。
リュカにも食べさせてあげたいと思うようになった。
綺麗な景色を見ると。
隣にいるリュカの顔を見るようになった。
面白いことがあると。
彼にも話したいと思うようになった。
フィオナ自身は。
まだ、その変化に気づいていない。
ただ。
一つだけ。
なんとなく思っていた。
一人で歩いていた頃よりも。
二人で食べる食事の方が。
ずっと。
美味しい。




