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勇者パーティを追放された僕は、エルフの君と来世まで恋をする  作者: Atelier Lotus


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第16話 僕が料理を作るよ

 その日の夜。


 リュカとフィオナは、街道から少し離れた森の中で野宿をすることになった。


 日が沈み、辺りはすっかり暗くなっている。


 木々の隙間から覗く夜空には、無数の星が瞬いていた。


「そろそろ、ご飯にしようか」


 フィオナがそう言った時だった。


「僕が料理を作るよ」


「え?」


 リュカは当然のように荷物を下ろし、食事の準備を始めた。


 薪を集める。


 火を起こす。


 鍋を用意する。


 食材を取り出し、手際よく切り分けていく。


 その動きには迷いがなかった。


 何をどの順番で準備すればいいのか。


 どの食材から切るべきなのか。


 火加減をどう調節すればいいのか。


 すべてが身体に染みついている。


 フィオナは近くに腰を下ろし、興味津々でその様子を眺めていた。


「リュカ、料理できるの?」


「うん」


「へえ。すごいね」


「……別に、すごくないよ」


 リュカは食材を切りながら答えた。


「三年間、ずっとやってたから」


「勇者パーティで?」


「うん」


 炊事。


 洗濯。


 荷物持ち。


 肩揉み。


 魔物の解体。


 魔素袋をはじめとした素材の回収。


 戦闘で役に立てなかったリュカが、代わりにやっていた仕事だった。


 いや。


 代わりに、ではない。


 いつの間にか。


 リュカがやって当然の仕事になっていた。


「料理は毎日?」


「ほとんどね」


「じゃあ、期待していい?」


「……あんまり期待しないで」


「なんで?」


「その……そんなに上手くないから」


 リュカは少しだけ俯いた。


 フィオナは不思議そうに首を傾げる。


 けれど、それ以上は聞かなかった。


 やがて。


 鍋から、温かな湯気と共に食欲を誘う香りが漂い始めた。


「いい匂い」


「もう少しでできるよ」


「楽しみ」


 その言葉に、リュカの手がほんの一瞬だけ止まる。


 楽しみ。


 自分の料理を。


 誰かが楽しみにしている。


 それだけのことが、なぜか少しだけ落ち着かなかった。


 しばらくして。


 リュカは火を弱め、鍋の中を確認する。


「できたよ」


「わあ!」


 フィオナが嬉しそうに身を乗り出した。


 リュカは木の器へ料理を盛り付け、彼女へ差し出す。


「どうぞ」


「いただきます!」


 フィオナは匙ですくい、何の躊躇もなく口へ運んだ。


 そして。


 目を輝かせた。


「おいしい!」


 リュカの手が止まった。


「……え?」


「これ、おいしい!」


「……本当に?」


「うん!」


「無理してない?」


「なんで?」


 フィオナは、本当に分からないという顔をしていた。


 リュカは答えられない。


 勇者パーティにいた頃。


 何度も料理を作った。


 朝も。


 昼も。


 夜も。


 冒険から帰って疲れていても。


 魔物の解体が終わった後でも。


 皆が休んでいる間に、一人で火を起こした。


 食材を切った。


 鍋を煮込んだ。


 少しでも美味しくなるように工夫した。


 けれど。


 返ってくる言葉は、いつも同じだった。


『不味い』


『遅い』


『こんなものしか作れないのか?』


『お前には、これくらいしかできないだろ』


 そして。


 ある日のこと。


 リュカが作った料理を一口食べたヴィオラが、露骨に顔をしかめた。


『何これ。犬の飯以下だわ』


 ガルドが笑った。


『違いねぇ。犬も食わねえわ』


 そして、そのまま。


 笑いながら言った。


『リュカ、お前はいいよな』


『……え?』


『俺たちは命張って魔物を狩ってんのに、お前は安全なところでクソ不味い料理を出してるだけで、俺たちと同じオリハルコン級を名乗れるんだからな』


 リュカは、何も言えなかった。


 言い返せなかった。


 なぜなら。


 自分自身も、ずっとそう思っていたから。


 みんなは命を懸けて戦っている。


 自分は後ろにいる。


 荷物を持つ。


 料理を作る。


 洗濯をする。


 魔物の死体を解体する。


 素材を回収する。


 それだけ。


 本当に。


 自分が彼らと同じオリハルコン級冒険者を名乗っていいのだろうか。


 そんなリュカへ、ガルドはさらに笑いながら言った。


『だからお前はさ』


『……何?』


『俺たちがピンチになった時は、命張って囮くらいやってくれるよな?』


『……』


 リュカは答えられなかった。


 その沈黙を見て。


 ヴィオラが吹き出した。


『ははっ。無理だって』


 そして、馬鹿にするように笑う。


『そんな度胸ないんだからさ』


『……』


『何せ、雑用しかできないんだもん』


 ガルドも笑った。


 ヴィオラも笑った。


 リュカは俯いたまま、何も言えなかった。


 悔しかった。


 けれど。


 否定する言葉を持っていなかった。


 自分は戦えない。


 仲間を守れない。


 役に立たない。


 だったら。


 本当に仲間が危険に陥った時。


 自分は命を張れるのだろうか。


 怖くなって逃げてしまうのではないか。


 自分でも分からなかった。


 だから。


 何も言えなかった。


 そしてレインは、そんなやり取りを止めることもなく。


 冷たい目で鍋を見ながら言った。


『この食材も、パーティの金なんだけど。分かってんの?』


『……ごめん』


 あの時も。


 リュカは謝った。


 何が悪かったのかも分からないまま。


 いや。


 自分が悪いのだと思った。


 料理が不味いから。


 戦えないから。


 役に立たないから。


 命を張る度胸すらないから。


 無能だから。


 だから、怒られて当然なのだと。


「……リュカ?」


 フィオナの声で、我に返った。


「どうしたの?」


「……何でもない」


「そう?」


「うん」


 リュカは笑おうとした。


 けれど、上手く笑えなかった。


「本当に、おいしい?」


「おいしいよ」


「本当に?」


「うん」


「……気を遣ってない?」


「遣ってないよ」


「でも……」


 フィオナはもう一口食べた。


 ゆっくりと味わって。


 そして、また笑った。


「おいしい」


「……」


「おいしいものを、おいしいって言っただけだよ?」


 たった、その一言。


 それだけだった。


 特別な言葉ではない。


 励まそうとしたわけでもない。


 慰めようとしたわけでもない。


 ただ。


 美味しいものを食べて。


 美味しいと言った。


 それだけ。


 なのに。


 ぽたり。


 何かが、リュカの手の甲へ落ちた。


「……え?」


 リュカは自分の手を見る。


 小さな雫。


 雨ではない。


 空は晴れている。


 もう一粒。


 ぽたり。


 落ちた。


「……あれ?」


 リュカは慌てて目元を拭った。


 濡れていた。


「なんで……」


 自分でも分からなかった。


 悲しくない。


 辛くない。


 悔しくもない。


 なのに。


 涙が止まらなかった。


「ご、ごめん」


 反射的に謝る。


「なんで謝るの?」


「分からないけど……泣いてるから」


「泣いたら謝るの?」


「……分からない」


 フィオナは少しだけ困ったように笑った。


 そして。


 何も聞かなかった。


 何があったのか。


 誰に何を言われたのか。


 どうして泣いているのか。


 無理に聞こうとはしなかった。


 ただ。


 もう一口、料理を食べた。


「うん」


 そして、いつもと変わらない声で言った。


「やっぱり、おいしい」


「……っ」


 その瞬間。


 また涙が溢れた。


 リュカは俯いた。


「……ありがとう」


 声が震えた。


「ありがとう、フィオナ……」


「どういたしまして」


 フィオナは笑った。


 リュカは涙を拭いながら、自分の料理を口へ運んだ。


 いつもと同じ味だった。


 特別な料理ではない。


 豪華な食材を使ったわけでもない。


 ただの野営料理。


 けれど。


 目の前では。


 フィオナが美味しそうに食べている。


 笑っている。


 自分の作った料理を。


 心から喜んでくれている。


 それだけで。


 同じ料理なのに。


 今までとは、少し違うもののように思えた。


 なぜだろう。


 いつもと同じはずなのに。


 今まで食べたどんな料理よりも。


 温かかった。


 その夜。


 リュカは初めて知った。


 自分が作った料理で。


 誰かが笑ってくれることを。


 自分ができることを精いっぱいやれば。


 それを当たり前だと思わず。


 喜んでくれる人がいることを。


 そして。


 誰かに喜んでもらえることが。


 こんなにも嬉しいことなのだと。


 勇者パーティでは、三年間。


 一度も知らなかった。

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