第13話 冒険者ギルドへ
リュカとフィオナが二人旅を始めてから、しばらく。
二人は街道沿いにある一つの街へ辿り着いた。
決して大きな街ではない。
しかし、周辺には森や山が広がり、薬草や魔物の素材を求める冒険者たちが数多く行き交っている。
石造りの建物が並ぶ通りを歩きながら、フィオナは楽しそうに辺りを見回していた。
「ねえ、リュカ」
「何?」
「そろそろお金を稼がない?」
「……そうだね」
リュカは自分の懐を確認した。
勇者パーティを追放された時。
杖も。
装備も。
ほとんどすべて置いてこいと言われた。
手元に残っている金は、それほど多くない。
フィオナがどれほど持っているのかは知らないが、旅を続ける以上、いつまでも何もせずにいるわけにはいかない。
「じゃあ、冒険者ギルドに行こうよ」
「……冒険者ギルド」
リュカの足が、わずかに止まった。
「嫌?」
「いや……」
嫌ではない。
けれど。
胸の奥に、重いものが沈んだ。
冒険者ギルド。
三年前。
十六歳だったリュカが、夢を抱いて初めて足を踏み入れた場所。
そこで魔力適性検査を受けた。
常人を遥かに凌駕する莫大な魔力量。
誰もが驚いた。
期待された。
そして。
火。
水。
風。
土。
四大属性のすべてに適性がないことが判明した。
それでもレインたちと出会い。
勇者パーティの一員になり。
三年間、冒険者として活動した。
そして最後には。
『リュカ。お前、もういらないから』
捨てられた。
「……リュカ?」
フィオナの声に、リュカは我に返った。
「ごめん。何でもない」
「そう?」
「うん」
二人は冒険者ギルドへ向かった。
やがて見えてきたのは、街の中心部に建つ大きな建物。
入口の上には、剣と杖を組み合わせた冒険者ギルドの紋章が掲げられている。
冒険者たちが次々と出入りしていた。
リュカは入口の前で立ち止まった。
「……」
「入らないの?」
フィオナが振り返る。
「フィオナ」
「何?」
「僕なんかが、また依頼を受けてもいいのかな」
「なんで?」
本当に分からないという顔だった。
リュカは視線を落とす。
「だって僕は……」
無能だから。
その言葉が、喉まで出かかった。
けれど。
フィオナは、そんなリュカの言葉を待つことなく言った。
「じゃあ、できる依頼を受ければいいじゃん」
「……え?」
「できない依頼を受ける必要なんてないでしょ?」
「でも……」
「薬草を採るとか」
「うん」
「荷物を運ぶとか」
「うん」
「魔物を倒すとか」
「それはまだちょっと……」
「じゃあ、やめよう」
「……そんな簡単に?」
「うん」
フィオナは首を傾げる。
「できないことを、わざわざやる必要ある?」
リュカは答えられなかった。
「できないなら、できることをすればいいじゃん」
「……」
「それじゃ駄目なの?」
駄目ではない。
そんなことは分かっている。
けれど。
リュカは三年間、そう思うことができなかった。
魔法使いなのだから、魔法を使わなければならない。
勇者パーティの一員なのだから、戦えなければならない。
オリハルコン級なのだから、強くなければならない。
そうでなければ。
自分には価値がない。
ずっと、そう思っていた。
「……できることをすればいい」
「うん」
フィオナは笑った。
「とりあえず入ろうよ。お金がないと、美味しいものも食べられないから」
「やっぱりそこなんだ」
「大事だよ?」
リュカは少しだけ笑った。
「分かったよ」
二人は冒険者ギルドの扉を開けた。
中は多くの冒険者たちで賑わっていた。
依頼掲示板を眺める者。
受付で報酬を受け取る者。
仲間と依頼について相談する者。
懐かしい光景だった。
「へえ」
フィオナが興味深そうに辺りを見回す。
「ここが人間の冒険者ギルドなんだ」
「初めてなの?」
「うん」
「え?」
リュカは驚いて振り返った。
「フィオナ、冒険者じゃなかったの?」
「違うよ」
「じゃあ、今までどうやって旅してたの?」
「普通に」
「普通って?」
「歩いて」
「そうじゃなくて、お金は?」
「必要になったら働いてたよ」
「どんな仕事?」
「いろいろ」
「……すごいな」
「そう?」
フィオナは何でもないことのように答えた。
その時。
受付にいた女性職員が二人に気づいた。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」
二人は受付へ向かう。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者になりたいんだけど」
フィオナが答える。
「新規登録ですね。では、こちらの用紙に――」
受付嬢はそこで言葉を止めた。
フィオナの尖った耳に気づいたからだ。
「……失礼ですが、エルフの方ですか?」
「うん」
「珍しいですね……」
「そうなの?」
「はい。少なくとも私は、エルフの冒険者希望者を受付するのは初めてです」
「へえ」
フィオナは特に気にした様子もなく、申込用紙を受け取った。
「ここに名前を書けばいい?」
「はい。お名前と出身地、それから可能であれば得意な魔法や技能を――」
フィオナは羽根ペンを取り、さらさらと記入していく。
やがて。
簡単な適性確認が行われることになった。
「では、こちらの魔道具に手を触れてください」
「これ?」
「はい」
フィオナが手を置く。
次の瞬間。
魔道具が強烈な光を放った。
「わっ」
フィオナが少し驚く。
受付嬢は、それ以上に驚いていた。
「こ、これは……」
「どうしたの?」
「ものすごい魔力です……!」
「そう?」
「はい! これほどの反応は滅多にありません!」
周囲にいた冒険者たちも、何事かと振り返る。
受付嬢は興奮を隠せない様子で告げた。
「エルフの冒険者希望者を見ること自体初めてですが……凄まじい魔法の才能ですね」
「へえ」
「へえって……」
リュカは苦笑する。
フィオナ自身は、あまり興味がないらしい。
「これで冒険者になれる?」
「も、もちろんです!」
受付嬢は慌てて登録手続きを進める。
「フィオナ・エルヴェシア様ですね」
「うん」
「登録完了です。最初は青銅級からとなります」
「青銅?」
「冒険者の階級です」
受付嬢は説明する。
「青銅、鉄、銅、銀、金、ミスリル、オリハルコン。そして最高位のアダマンタイト。原則として、新規登録者は青銅級から始まります」
「なるほど」
フィオナは頷いた。
そして、隣のリュカを見る。
「リュカは?」
「僕はもう登録してるよ」
「そうなの?」
「うん」
「何級?」
「……オリハルコン」
「へえ」
あまりにも薄い反応だった。
「それだけ?」
「何が?」
「いや……」
別に驚いてほしいわけではない。
けれど。
もう少しくらい反応があってもいいのではないだろうか。
そんな二人の会話を聞いていた受付嬢が、目を見開いた。
「オリハルコン級……?」
リュカは冒険者証を取り出した。
「はい」
「少々、お預かりしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
受付嬢が冒険者証を確認する。
そして。
固まった。
「……リュカ・ヴァレリー」
「はい」
「本物……」
「え?」
受付嬢は勢いよく顔を上げた。
「リュカ・ヴァレリー様!?」
「は、はい!」
突然大声を出され、リュカは肩を震わせた。
「オリハルコン級冒険者のリュカ・ヴァレリー様ではありませんか!」
ギルド内が静まり返った。
何人もの冒険者が、一斉にリュカを見る。
「オリハルコン?」
「嘘だろ?」
「あんな若い奴が?」
「リュカ・ヴァレリーって……勇者パーティの?」
ざわめきが広がる。
リュカは居心地悪そうに俯いた。
「そんな大したものじゃありません」
「何をおっしゃいますか!」
受付嬢は興奮している。
「オリハルコン級は、最高位のアダマンタイト級に次ぐ階級です! 国内でもほんの一握りしか存在しない高位冒険者ですよ!」
「でも、僕は……」
何の役にも立っていない。
そう言いかけて。
リュカは口を閉じた。
フィオナが隣から見ていたからだ。
「本日はどのようなご依頼をお探しでしょうか?」
受付嬢は尋ねる。
「高難度の魔物討伐でしょうか? それともダンジョン攻略? 現在ですと、金級以上を対象とした護衛依頼もございますが――」
「いえ」
リュカは首を横に振った。
そして、少しだけ迷ってから答えた。
「薬草採取の依頼をお願いします」
「……薬草採取?」
「はい」
受付嬢が目を瞬かせる。
周囲の冒険者たちも静まり返った。
オリハルコン級冒険者が。
薬草採取。
おそらく誰もがそう思っている。
リュカは少し恥ずかしくなった。
けれど。
「それなら、僕にもできますから」
そう言った。
受付嬢は少し驚いたようにリュカを見つめる。
やがて。
「承知しました」
優しく微笑んだ。
「ちょうど近郊の森で採取できる薬草の依頼がございます」
「それにします」
「はい」
依頼書を受け取る。
フィオナが横から覗き込んだ。
「薬草採取かあ」
「嫌だった?」
「全然」
フィオナは笑った。
「私、薬草ってあんまり詳しくないから」
「そうなの?」
「うん。教えてよ」
「僕が?」
「他に誰がいるの?」
リュカは一瞬、言葉に詰まった。
自分が。
フィオナに教える。
そんなことを考えたこともなかった。
「……分かった」
「よろしくね、リュカ先生」
「先生はやめてよ」
「じゃあ師匠?」
「もっとやめて」
フィオナが笑う。
リュカも、少しだけ笑った。
こうして二人が初めて選んだ依頼は。
強大な魔物の討伐でも。
危険なダンジョンの攻略でもなかった。
簡単な薬草採取。
けれど。
リュカにとっては、それでよかった。
できないことを無理にする必要はない。
できることをすればいい。
その当たり前のことを。
リュカは今、少しずつ学び始めていた。




