第12話 初めての二人旅
フィオナと共に旅を始めたリュカ。
しかし。
歩き始めてしばらくして、リュカは一つの重大なことに気づいた。
「……ねえ、フィオナ」
「何?」
「それで、どこへ行くの?」
「さあ?」
「……え?」
リュカは足を止めた。
フィオナも数歩先で立ち止まり、不思議そうに振り返る。
「今、なんて?」
「さあ?」
「いや、それは聞こえたけど」
「じゃあ、なんで聞き返したの?」
「聞き間違いだと思ったからだよ!」
リュカは思わず声を上げた。
「決めてないの?」
「うん」
「目的地は?」
「ないよ」
「受ける依頼は?」
「まだ決めてない」
「今日どこに泊まるかは?」
「それも決めてないね」
「……何も決めてないじゃないか」
「そうだね」
フィオナは、あっさりと頷いた。
リュカには信じられなかった。
旅というものは、そんなに適当でいいのだろうか。
少なくとも、これまでのリュカにとっては違った。
勇者パーティにいた頃。
受ける依頼は決められていた。
目的地も決められていた。
出発時刻も決められていた。
いつまでに到着するのか。
どの道を通るのか。
どの宿に泊まるのか。
何時に起きるのか。
すべてが決められていた。
遅れれば責められた。
失敗すれば怒鳴られた。
準備に手間取れば、舌打ちされた。
『さっさとしてくれよ、リュカ』
『おっせえな』
『お前は荷物持ちくらいしかできないんだから、ちゃんとやれよ』
だから。
いつしかリュカは、何かを決めることすらしなくなっていた。
言われたことをする。
頼まれたことをする。
怒られないようにする。
仲間の機嫌を損ねないようにする。
それだけでよかった。
いや。
それしか、できなくなっていた。
「……本当に、何も決めてないの?」
「うん」
「不安じゃない?」
「別に」
「今日泊まる場所が見つからなかったら?」
「野宿すればいいじゃん」
「食べ物がなくなったら?」
「何か探せばいいよ」
「道に迷ったら?」
「その時に考えよう」
「……」
リュカは絶句した。
この人。
思っていたより、ずっと適当なのではないだろうか。
「フィオナって……いつもこんな感じなの?」
「こんな感じって?」
「その……行き当たりばったりというか」
「失礼だなあ」
フィオナは頬を膨らませる。
「私は自由に旅をしてるの」
「それを行き当たりばったりって言うんじゃないの?」
「違うよ」
「何が違うの?」
「言葉の響き」
「それだけ!?」
フィオナは楽しそうに笑った。
リュカは頭を抱える。
本当に大丈夫なのだろうか。
この人についていって。
昨日出会ったばかりのエルフ。
目的地なし。
予定なし。
宿泊場所も未定。
食料の残量すら、おそらく把握していない。
「……やっぱり少しくらい予定を立てた方がいいんじゃない?」
「そう?」
「そうだよ。せめて次の街くらいは決めようよ」
「じゃあ、リュカはどこに行きたい?」
「僕?」
「うん」
突然そう聞かれて。
リュカは答えられなかった。
「……」
「どうしたの?」
「いや……」
どこに行きたい?
そんなことを聞かれたのは、いつ以来だろう。
勇者パーティにいた三年間。
自分の希望を聞かれた記憶など、ほとんどない。
どこへ行きたいか。
何を食べたいか。
何をしたいか。
そんなことを考える必要もなかった。
いや。
考えてはいけないと思っていた。
自分は役立たずだから。
無能だから。
パーティに置いてもらっているだけだから。
だから、自分の希望なんて言ってはいけない。
「……分からない」
リュカは小さく答えた。
「行きたい場所なんて、考えたことなかったから」
「そっか」
フィオナは、それ以上何も聞かなかった。
可哀想とも言わない。
励まそうともしない。
ただ少しだけ空を見上げた。
「じゃあさ」
「うん?」
「とりあえず歩こうよ」
「……歩く?」
「うん」
フィオナは前方に続く道を指差した。
「お腹が空いたら、何か食べる」
「うん」
「疲れたら休む」
「うん」
「面白そうな街があったら寄ってみる」
「うん」
「美味しそうなものがあったら食べる」
「それ、二回目じゃない?」
「大事だからね」
「そんなに?」
「すごく大事」
フィオナは真剣な顔で頷いた。
そして、笑った。
「行きたい場所が見つかったら、その時に行けばいいよ」
「……そんなのでいいの?」
「いいんじゃない?」
「でも……」
「誰かに怒られる?」
その言葉に。
リュカは黙った。
誰も怒らない。
目的地が決まっていなくても。
少し休んでも。
寄り道しても。
今日中にどこかへ辿り着けなくても。
もう。
誰かの機嫌を窺う必要はない。
「……そっか」
リュカは、小さく呟いた。
「怒られないんだ」
「うん」
「疲れたら、休んでもいい?」
「いいよ」
「お腹が空いたら?」
「食べよう」
「行きたい場所が見つかったら?」
「行こうよ」
「……僕が決めても?」
フィオナは首を傾げた。
「もちろん」
あまりにも当然のように答えた。
リュカは、少しだけ俯いた。
胸の奥が、不思議な感覚に包まれる。
嬉しいのか。
寂しいのか。
自分でも分からない。
ただ。
これまで当たり前だと思っていたものが、本当は当たり前ではなかったことだけは、少しずつ分かり始めていた。
「じゃあ、行こうか」
フィオナが歩き出す。
「うん」
リュカも、その隣を歩く。
目的地はない。
予定もない。
今日どこに泊まるのかも分からない。
明日、何をするのかも決まっていない。
少し前までのリュカなら、きっと不安で仕方なかっただろう。
けれど今は。
ほんの少しだけ。
悪くないと思えた。
「ねえ、フィオナ」
「何?」
「次に街を見つけたらさ」
「うん」
「何か美味しいものを食べよう」
フィオナは目を輝かせた。
「いいね!」
「……そんなに嬉しい?」
「だって美味しいものだよ?」
「まだ何を食べるかも決まってないけど」
「それを探すのも旅でしょ?」
リュカは少しだけ笑った。
「そっか」
「そうだよ」
二人は歩いていく。
どこへ向かうのかは、まだ分からない。
それでよかった。
お腹が空いたら、何かを食べる。
疲れたら、休む。
面白そうな場所があれば、寄り道をする。
行きたい場所が見つかったら、その時に向かえばいい。
誰にも急かされない。
誰にも怒鳴られない。
誰の機嫌も窺わなくていい。
こうして。
リュカとフィオナの、目的地のない二人旅が始まった。




