SS 第2話 前世の記憶
ルネの家は、森の中に建つ温かな木造の家だった。
窓からは柔らかな木漏れ日が差し込み、小鳥のさえずりが心地よく響いている。
「どうぞ、お掛けください」
ルネの母親に勧められ、フィオナは席に着いた。
ほどなくして、温かい紅茶が運ばれてくる。
ふと窓の外へ目を向けると、庭ではルネが今日も妖精たちと元気いっぱい遊んでいた。
「待ってー!」
無邪気な笑い声に、フィオナも自然と頬を緩める。
その姿を見つめながら、ルネの母親は静かに口を開いた。
「実は……」
「あの子が幼い頃から、ずっと気になっていたことがあるんです」
フィオナは静かに耳を傾ける。
「五十歳くらいになる頃には言わなくなったのですが」
「幼い頃は、よく不思議なことを話していました」
「不思議なこと……ですか?」
母親はゆっくり頷いた。
「ええ」
「『たしか、僕、前世は人間だったんだ』って」
フィオナの手が、小さく震えた。
母親は続ける。
「それだけではありません」
「『迎えに来てくれる人がいるんだ』」
「『だから、その人が見つけてくれるのを待ってるんだ』」
その言葉を聞いた瞬間。
フィオナの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「王女殿下?」
母親は心配そうに声を掛ける。
フィオナは涙を拭い、小さく微笑んだ。
「大丈夫です」
「続きを、聞かせていただけますか?」
母親は静かに頷く。
「それからは、人間の世界の話ばかりするようになりました」
「『冒険者ってね、依頼を受けて旅をするんだよ!』とか」
「『人間は十六歳くらいで結婚する人もいるんだよ? 知ってた?』とか」
「『人間はすぐ病気しちゃうんだ。だから体調の悪い人がいたら助けてあげるんだよ』とか」
「どれも、エルフの子どもが知るはずのないことばかりでした」
フィオナは思わず口元を押さえた。
胸がいっぱいになる。
(本当に……)
(リュカだ)
優しくて。
誰かを放っておけなくて。
最後まで、人を信じ続けた人。
フィオナは静かに息を吸った。
「信じていただけるか分かりませんが……」
そう前置きしてから。
人間だった夫、リュカのこと。
二人が最期に交わした約束。
魂は肉眼でも精霊眼でも見ることはできないこと。
だから、その約束を果たすために魂を観る魔法を生み出したこと。
何十年。
何百年。
世界中を旅して、たった一人の魂を探し続けたこと。
そして。
「今日……」
「ルネ君の魂を見た瞬間」
「間違いないと分かりました」
「魂は、あの人でした」
そのすべてを、静かに語った。
母親は驚いた表情のまま、しばらく黙っていた。
やがて窓の外へ目を向け、小さく微笑む。
「……そういうことだったのですね」
「あの子は昔から妖精たちとばかり遊んでいました」
「同年代の子どもとはあまり話さないのに、妖精たちとは一日中楽しそうに笑っていて」
「エルフの子どもなのに、人間の世界のことばかり話していたのも、不思議で仕方ありませんでした」
一度言葉を切る。
「そして今日も」
「人見知りのあの子が、王女殿下とは初めて会ったとは思えないほど自然に話していました」
「今なら、その理由が分かる気がします」
フィオナは静かにルネを見つめた。
庭では妖精たちに囲まれ、無邪気に笑っている。
その姿は、どこまでもリュカらしかった。
母親は優しく微笑む。
「きっと」
「何かのご縁なのでしょうね」
フィオナも穏やかに微笑んだ。
「ええ」
「私も、そう思います」
窓の外では。
ルネと妖精たちの楽しそうな笑い声が、いつまでも庭いっぱいに響いていた。




