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勇者パーティを追放された僕は、エルフの君と来世まで恋をする  作者: Atelier Lotus


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第10話 初めて見た妖精

 世界は、光で満ちていた。


「……すごい」


 リュカは呆然と立ち尽くしていた。


 同じ森のはずだった。


 同じ木々。


 同じ草花。


 同じ空。


 けれど、妖精眼鏡をかけた瞬間。


 リュカの知っていた世界は、まったく違う姿へと変わっていた。


 空気の中を、無数の光が流れている。


 赤。


 青。


 緑。


 黄。


 四つの色を持つ小さな光が、風に乗るように森の中を漂っていた。


「これが……魔粒子……」


 リュカは夢中になって周囲を見渡す。


 赤い光が揺れる。


 青い光が流れる。


 緑の光が風と共に舞う。


 黄色い光が大地から静かに立ち昇る。


 本でしか知らなかった。


 何度も読んだ。


 何度も学んだ。


 けれど、一度も見ることのできなかった世界。


 それが今。


 自分の目の前に広がっている。


「本当にあったんだ……」


「そりゃあるよ」


 隣に立つフィオナが笑う。


「魔粒子がなかったら、魔法も使えないからね」


「それは分かってるけど……」


 リュカは興奮を隠せなかった。


「でも、本当に見えるなんて思わなかった」


「どう? 初めて見た感想は?」


「すごい」


「それだけ?」


「だって、すごいんだから仕方ないだろ!」


 リュカは子どものように辺りを見回す。


 その姿を見て、フィオナは楽しそうに笑っていた。


 その時。


「……ん?」


 リュカの視線が止まった。


 木の枝の上。


 何かがいる。


 小さい。


 とても小さい。


 人間によく似た姿。


 背中には、光を透かす透明な羽。


「……え?」


 リュカは目を擦った。


 もう一度見る。


 いる。


 間違いなく、そこにいる。


「……フィオナ」


「何?」


「あそこ」


「どこ?」


「あの木の枝!」


 リュカは指差す。


「あれ……何?」


 フィオナは枝の上を見る。


「ああ」


 何でもないことのように答えた。


「妖精だよ」


「……」


「……」


「妖精?」


「うん」


「本物の?」


「偽物の妖精って何?」


「いや、そうじゃなくて!」


 リュカは思わず声を上げた。


「本当に妖精いた!」


「いるよ」


「嘘だと思ってた!」


「失礼だね」


「だって御伽噺だと思うだろ!?」


「思わないよ。私、普通に話したことあるし」


「エルフだからだろ!」


 リュカは再び妖精を見る。


「本当にいる……!」


 驚いている間にも。


 一体。


 二体。


 三体。


 よく見れば、森の至るところにいた。


 花の上に座っている妖精。


 木の枝からぶら下がっている妖精。


 空中を自由に飛び回っている妖精。


 魔粒子の光に包まれながら眠っている妖精までいる。


「すごい……!」


 リュカは完全に夢中だった。


「あそこにもいる!」


「いるね」


「あっちにも!」


「いるね」


「フィオナ! すごい! 妖精がいる!」


「さっきからそう言ってるよ」


「本当にいたんだ!」


「だからいるって」


「嘘じゃなかった!」


「誰も嘘だなんて言ってないでしょ」


 フィオナは呆れながらも笑っていた。


 リュカは興奮したまま、一体の妖精を見つめる。


「妖精って、魔粒子でできた身体を持つ生命体なんだよね?」


「そうだよ」


「本当に?」


「本当」


「自然と共に生きてる?」


「そう」


「有身精霊とは違う?」


「違うね。私たちエルフは肉体を持ってるから」


「すごい……」


 リュカは感嘆の声を漏らした。


 そして。


 改めて周囲を見渡す。


 赤い魔粒子の中を飛び回る妖精。


 青い光と共に、小川の水面で遊ぶ妖精。


 風に乗るように、木々の間を舞う妖精。


 大地から立ち昇る黄色い光の中で、のんびりと寝転がる妖精。


「もしかして……」


 リュカは目を見開いた。


「火の妖精、サラマンダー」


「うん」


「水の妖精、ウンディーネ」


「そう」


「風の妖精、シルフ」


「いるね」


「土の妖精、ノーム……?」


「正解」


 リュカは言葉を失った。


 知っていた。


 本では何度も読んだ。


 けれど。


 それは、どこか御伽噺のようなものだと思っていた。


 遠い昔。


 あるいは、人間の知らない場所にだけ存在する。


 そんな伝説の中の生命だと思っていた。


 けれど。


 今。


 本当にいる。


「サラマンダー……」


 赤い光の中を飛ぶ妖精を見る。


「ウンディーネ……」


 青い魔粒子と戯れる妖精を見る。


「シルフ……」


 風に乗って空を舞う妖精を見る。


「ノーム……」


 大地の上で眠る妖精を見る。


「……全部、本当にいたんだ」


「だから、いるって言ってるでしょ」


「だって!」


 リュカは興奮したままフィオナを見る。


「本でしか知らなかったんだよ!」


「はいはい」


「本当にいたんだ……!」


「それ、今日何回目?」


「分からない!」


 フィオナはとうとう吹き出した。


「あははは!」


「笑うなよ!」


「だって、リュカがあんまり嬉しそうだから」


「嬉しいよ!」


 リュカは即答した。


 そして、また妖精たちを見る。


「……本当に、すごい」


 フィオナはそんなリュカを、少しだけ不思議そうに見つめていた。


「へえ。詳しいね?」


「魔法の勉強だけは欠かさなかったから」


「どれくらい?」


「三年間」


「ずっと?」


「うん」


「魔法が使えなかったのに?」


「……うん」


 フィオナは少しだけ黙った。


 リュカは、自分のことを無能だと言う。


 何度も。


 まるで、それが自分自身の名前であるかのように。


 けれど。


 三年間。


 火が使えなくても。


 水が使えなくても。


 風が使えなくても。


 土が使えなくても。


 それでも、この青年は魔法を学び続けた。


 フィオナは思う。


 ――この人、本当に無能なのかな?


 少なくとも。


 フィオナには、そうは思えなかった。


「……ん?」


 その時だった。


 リュカは、一体の妖精と目が合った。


「……」


「……」


 妖精は、じっとリュカを見ている。


 リュカも妖精を見る。


 初めて見る、本物の妖精。


 どうすればいいのだろう。


 少し迷った末。


 リュカは恐る恐る手を振った。


「……こんにちは」


「……」


 返事はない。


 リュカはフィオナを見る。


「聞こえなかったのかな?」


「いや」


 フィオナは答える。


「聞こえてると思うよ」


「じゃあ、人間とは話せない?」


「話せるよ」


「だったら、どうして――」


 その瞬間。


 妖精の頬が、ぷくっと膨らんだ。


「やっと気づいたあああああああああっ!」


「うわあああっ!?」


 リュカは飛び上がった。


 妖精が勢いよく枝から飛び立つ。


 そして、リュカの鼻先まで飛んできた。


「ちょっと!」


「は、はい!」


「前からずっと気になってたんだけど!」


「はい!?」


「全然気づいてくれないじゃない!」


「ご、ごめんなさい!」


「なんで謝るの!?」


「怒ってるから!」


「まだ何に怒ってるか言ってないでしょ!」


「すみません!」


「だからすぐ謝らない!」


「じゃあ、どうすればいいの!?」


 リュカは完全に混乱していた。


 フィオナは隣で笑いを堪えている。


「フィオナ、助けて!」


「頑張って」


「何を!?」


 妖精は腰に手を当てる。


 そして、小さな指をリュカへ突きつけた。


「あなたね!」


「はい!」


「妖精の中では有名人なんだからね!」


「……僕が?」


「そうよ!」


 リュカは目を瞬かせる。


 人間の世界では無能。


 勇者パーティではお荷物。


 そんな自分が。


 妖精の世界では有名人。


 まさか。


 自分でも知らなかった才能が――。


「……いい意味で?」


「悪い意味で!」


「……」


「まだ!」


「まだ?」


「今のところは!」


 リュカは嫌な予感がした。


 妖精はぷんぷんと怒りながら叫ぶ。


「あなた! 今まで何回、魔粒子を無理やり動かしたと思ってるの!?」


「え?」


「しかも無理やりぶつけて!」


「え?」


「衝突させて!」


「え?」


「最後には爆発させる!」


「……」


「迷惑なのよ!」


「ご、ごめんなさい!」


「だからすぐ謝る!」


「じゃあ、どうすればいいんだよ!」


「まず話を最後まで聞きなさい!」


「はい!」


 妖精は深く息を吸う。


「三年前からよ!」


「そんなに前から!?」


「あなたが初めてあの変な爆発を起こした時から!」


「見てたの!?」


「見てたわよ!」


 妖精はリュカの目の前を飛び回りながら叫ぶ。


「こっちは何度も言ったの!」


『やめて!』


『そんなに無理やり動かさないで!』


『ぶつけないで!』


『危ないってば!』


「なのに!」


 妖精はリュカを指差した。


「全然気づいてくれない!」


「だって見えなかったんだから仕方ないだろ!?」


「それはそうだけど!」


「認めるんだ!?」


 ついにフィオナが吹き出した。


「あはははは!」


「フィオナ!」


「ごめんごめん。でも、リュカって本当に有名人なんだね」


「悪い意味でね!」


 妖精が即座に付け加える。


「まだ!」


「その『まだ』は何なの……?」


 リュカは頭を抱えた。


 生まれて初めて。


 妖精を見た。


 本当にいた。


 御伽噺ではなかった。


 そして。


 生まれて初めて妖精と話した結果。


 めちゃくちゃ怒られた。


「……僕、妖精にも嫌われてるの?」


 ぽつりと漏れた言葉。


 その瞬間。


 妖精が、ぴたりと止まった。


「嫌いなんて言ってないでしょ」


「え?」


「迷惑だって言ったの」


「同じじゃない?」


「違うわよ」


 妖精は少しだけ顔を背ける。


「だってあなた、私たちが何度言っても聞こえなかっただけなんでしょ?」


「うん」


「だったら、仕方ないじゃない」


「……」


「でも、今は見える」


 妖精はリュカを見る。


「今は聞こえる」


 そして。


 小さな手を差し出した。


「だったら、これからはちゃんと話を聞きなさい」


 リュカは、その小さな手を見る。


「……うん」


 人差し指を伸ばす。


 妖精の小さな手が、リュカの指先に触れた。


 その瞬間。


 リュカの周囲で、無数の魔粒子が淡く輝いた。


 赤。


 青。


 緑。


 黄。


 四種類すべての光が。


 静かに。


 リュカの周囲へ集まってくる。


「……本当に」


 リュカは息を呑んだ。


 自分は四大属性すべてに適性がない。


 そう言われ続けてきた。


 三年間。


 何度試しても、何一つ使えなかった。


 だから。


 自分は無能なのだと思っていた。


 けれど。


 今。


 自分自身の目に見えている。


 火。


 水。


 風。


 土。


 四種類すべての魔粒子が。


 確かに。


 自分の周囲に集まっている。


 これまで何度も否定されてきた、自分の才能。


 その可能性を。


 生まれて初めて。


 誰かの言葉ではなく。


 自分自身の目で見ることができた。

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