第25話 規格外
薄暗い通路を、四人の影が慎重に進んでいた。
天井の照明は半分以上が破損しており、明滅する白色灯が不規則に床を照らす。
壁には弾痕と焦げ跡が残り、ここがすでに戦場であることを無言で物語っていた。
その沈黙を破るように、
金髪を揺らしながら、ひとりの少女が口を開く。
「……クライド隊長とは、完全にはぐれましたね」
チェルシーの声には、わずかな緊張が混じっていた。
先頭を歩く準隊長は足を止めず、低く答える。
「ああ、分かっている。だが心配はいらん」
彼は一瞬だけ振り返り、仲間の顔を確認した。
「あの人は別格だ。
純粋な戦果だけなら、シリアルナンバーに並ぶほどの実績を積んでいる」
「でも――」
チェルシーは小さく眉をひそめる。
「やらかしすぎて、シリアルナンバーには上がれないって話、聞きましたけど」
「……それも事実だ」
準隊長は苦笑するように鼻を鳴らした。
「だからこそ、今も前線にいる」
その瞬間だった。
「――敵兵反応あり!」
後方を警戒していた男の叫びが、通路に反響する。
次の刹那。
乾いた破裂音が響き、
先行していた兵士の首が、音もなく崩れ落ちた。
「――っ!」
一瞬、全員の思考が凍りつく。
「敵兵だ! 伏せろ!」
準隊長の怒号が飛ぶ。
「煙幕を張れ! 視界を切れ!」
即座に白煙が通路を満たし、視界が奪われる。
「準隊長……!」
チェルシーの声が震えた。
「チェルシー!」
準隊長は即断した。
「俺たちが時間を稼ぐ!
ウェントリヒー分隊長を呼べ!」
一瞬の間。
そして、低く、重い言葉が続く。
「――規格外だ。急げ」
チェルシーは一瞬だけ唇を噛みしめ、強く頷いた。
「……はい!」
彼女は通信機に手を伸ばし、煙の奥へと駆け出した。
◆◆◆
壁一面を埋め尽くすモニターが、赤と黄の警告色を絶え間なく瞬かせていた。
電子音、無線のノイズ、オペレーターの緊張した声――
それらが折り重なり、司令室はすでに静寂とは無縁の空間と化している。
その中心で、ボスは椅子に深く腰掛け、肘を組んでモニターを睨んでいた。
眉間の皺は深く、指先だけが苛立ちを隠せず机を叩いている。
「――第4班、応答せよ。こちら本部。繰り返す、第4班、応答せよ」
返答はない。
「……まずいな」
低く呟いた直後、背後から慌ただしい足音が近づいた。
「司令!」
オペレーターの一人が報告に入る。
「状況を簡潔に言え」
「第3班が規格外と交戦中です。
クライド隊長が敵主力に足止めされており、合流は困難と判断されます」
一瞬、室内の空気が張り詰めた。
「……リボルとソフィアはどうした」
「リボルは依然として多数の敵と交戦中。
ソフィアは現在、敵本拠地内部への潜入ルートを確保しつつあります」
ボスは即座に決断した。
「方針を変更する」
ヘビのように視線が鋭く光る。
「ソフィアを規格外の交戦地点へ向かわせろ。
敵大将の捕縛は――こちらで行う」
「了解しました」
「それと」
ボスはモニターを切り替え、別の回線を指定する。
「第5班、ウェントリヒーに繋げ」
数秒後、無線が繋がった。
『こちら第5班、ウェントリヒー』
「規格外と交戦中の第3班を支援しろ。
目標は殲滅ではない。足止めを十分快、周囲の敵は無視して構わん」
『了解。十分快の時間稼ぎ、任務を受領』
通信が切れる。
司令室に、わずかな静寂が戻った。
ボスは椅子にもたれ、深く息を吐く。
「……チッ」
視線は依然として、赤く染まる戦況モニターに向けられている。
「リボル……お前はいつになったら戦いを終わらせる」
それは苛立ちであり、
同時に――信頼の裏返しでもあった。
彼が終わらせなければ、この作戦は終わらない。
◆◆◆
戦場の一角。
無数のモニターと即席の電子機器に囲まれた簡易支援ポイントでは、ミアが歯を食いしばりながら指示を飛ばしていた。
「そこ、二秒遅い! 角度修正、右に五度!
……もうっ、だから前に出すぎだって言ったでしょ!」
モニター越しに映る味方部隊は、次々と敵影に飲み込まれていく。
ミアの指は休む間もなくキーボードを叩き、補助演算と索敵情報を送り続けていた。
一方、そのすぐ隣。
「……あー」
スランは床に座り込み、壁にもたれながら携帯端末をぽちぽちと操作していた。
「やること、ねぇなぁ……」
画面には、明らかに今やるべきではないゲーム。
しかも音量オン。
「ちょ、スラン! あんた何してるのよ!!」
「だってよぉ、俺に仕事回ってきてねぇし。
今んとこ完璧に暇な後方支援要員してる」
「その自覚があるならせめて待機姿勢を――」
その瞬間。
ピッ、という軽い電子音とともに、スランの端末が震えた。
「……あ?」
スランは眉をひそめ、面倒くさそうに端末を取る。
「なんだよ、人がせっかく現実逃避を楽しんでる最中に」
通信を開く。
『よぉ、スラン』
「……あ、クライドさん」
一瞬で声色が変わった。
「何してるんですか。今、絶賛作戦中ですよ?」
『それがな……』
向こうの回線から、妙に疲れた声が返ってくる。
『敵の罠にまんまと引っかかってよ。
気づいたら、どこをどう通ってきたのか分からなくなった』
「……はい?」
『正直に言う。迷子だ。助けてくれ』
一拍。
スランはゆっくりと口角を上げた。
「――はは」
次の瞬間、目を輝かせて立ち上がる。
「マジっすか。
いやぁ、ついに来ましたか俺の出番」
『スラン君』
クライドの声が、いつになく真剣になる。
『君のハッカーとしての力が必要だ』
その言葉を聞いた瞬間、スランは胸を張った。
「任せてくださいよ。
今いる場所の特徴、全部言ってもらえます?」
すでに指は端末上を滑り、周囲の通信ログと地形データを引きずり出している。
「壁の材質、天井の高さ、照明の色。
あ、床が濡れてるとかでもいいです」
『……通路はコンクリート、天井低め。
赤い非常灯が点滅してて、床に配管が走ってる』
「はいはい」
スランは楽しそうに笑った。
「三秒で場所特定します。
クライドさん、上かなりヤバイですよ」
『……それは、あまり聞きたくない情報だな』
「大丈夫っす。
その道から出口まで、最短ルートで案内しますんで」
『サンキュー』
そして一言。
「ちゃんと生きて戻ってきてくださいよ」
通信の向こうで、クライドが小さく笑った気がした。
◆◆◆
ソフィアはボスの命令を受け、騒ぎの起きている方角へと急いで向かっていた。
「ソフィアさん、こっちです!」
「ありがとう。すぐ向かうわ」
胸の奥に、嫌な予感が広がる。
(まさか……規格外?)
リボル先輩は現在、敵兵との戦闘中だ。
先輩の実力でも、少なくとも十分は足止めされてしまうだろう。その間に、私がどうにかしなければならない。
(規格外の戦闘なんて……初めてなのに)




