第23話 雷神
地下鉄構内――
照明の一部が破壊され、白い蛍光灯が不規則に明滅する薄暗いホーム。
壁面には大きく『2番出口』の文字が掲げられ、風の通らない空間に鉄と油の匂いが淀んでいた。
そのホームの中央に、クライドとクリッドは並んで立っていた。
否。
二人の視線の先には、すでにもう一人がいた。
「……お前は、誰だ」
クライドが低く問いかける。
男はホームの端に立ち、余裕ぶった笑みを浮かべていた。
茶色の髪を無造作に肩まで垂らし、軽装ながら異様な存在感を放っている。
「ふふふ……」
男は肩をすくめ、楽しげに笑う。
「君たちの敗因はね――この私に当たってしまったことだ」
「一人で話を進めるな」
クライドが苛立ちを隠さず言い放つ。
「結局、てめぇは誰なんだよ」
「ああ、失礼」
男は芝居がかった動作で胸に手を当てた。
「私の名は――カタルトゥ・ノヴァ。
今から、君たちを殺す者だ」
その瞬間。
カタルトゥは腰元に手を伸ばし、次の瞬きまでのわずかな時間で、
無数の投げナイフを取り出した。
刃が光を反射し、空気が張り詰める。
「さて……始めようか。殺し合いを」
次の瞬間、ナイフが宙を舞った。
「――隊長!!」
クリッドの叫び。
「ラウンド・スパーク」
クライドの声と同時に、地面から雷光が走った。
轟音とともに稲妻が円状に炸裂し、
飛来した投げナイフはすべて空中で静止――否、雷に絡め取られ、そのまま地面へと叩き落とされた。
「……流石だな、雷神」
カタルトゥは感心したように目を細める。
「一筋縄じゃいかないか」
「ゴタゴタ言ってねぇでさ」
クライドが肩を鳴らす。
「さっさと切り札を出したらどうだ」
「……そうだな」
その言葉が終わる前だった。
カタルトゥの姿が消えた。
――否、見えなくなっただけだ。
次の瞬間、彼はすでにクリッドの懐にいた。
「――っ!?」
胸ぐらを掴まれ、視界が反転する。
「ぐはっ――!」
鈍い音とともに、クリッドの身体が地面に叩きつけられた。
「クリッド!!」
クライドが叫ぶ。
「こらこら、余所見は厳禁だぞ」
カタルトゥが愉快そうに言う。
「戦場じゃ、一瞬が命取りだ」
「……お前……よくもメガネを……!」
「ま、まだ生きてる……あと……メガネじゃない……」
床に伏せながら、かろうじて声を絞り出すクリッド。
その様子を見て、カタルトゥは口角を上げた。
「なるほど、まだ動けるか」
そして、クライドを真正面から見据える。
「それなら――私も少しは本気を出そう」
殺気が、空間を満たす。
「覚悟しろ、雷神」
ホームに、再び嵐が訪れようとしていた。薄暗い地下ホーム。割れた照明の隙間から漏れる光が、床に不規則な影を落としている。
カタルトゥ・ノヴァは、わずかに肩をすくめた。
「私も実はね……魔術師でして」
どこか自嘲するような笑み。
「本来、こういう荒事は専門外なんだ。
理論、術式、制御――そういう静寂な戦いの方が性に合っている」
視線が、真っ直ぐにクライドへ向く。
「だが……今の私では、雷神相手に勝ち筋が見えない」
そう言うと、彼は懐から注射器を取り出した。
透明な筒の中には、淡く光る液体。
躊躇は一切なかった。
――躊躇なく、首元へ突き刺す。
「……それは?」
クライドが低く問う。
「身体強化剤さ」
カタルトゥは淡々と答える。
「神経伝達速度、筋肉出力、感覚処理能力――
すべてを限界まで引き上げる」
針を抜いた瞬間。
空気が変わった。
目に見えない圧が、ホーム全体を包み込む。
まるで空間そのものが重くなったかのような感覚。
「これならね」
カタルトゥの瞳が、鋭く光る。
「光速級の動きだって――目で追える」
殺気が、濃度を持って拡散した。
――覇気が変わった。
その異変を、本能的に察知したクライドは一歩下がり、
光剣を引き抜く。
刀身が発光し、雷光が刃の輪郭を形作る。
「……来たな」
低く、短く呟く。
「チェスト」
詠唱と同時に、空間が震えた。
無数の緑色の光球が空気中に発生し、
まるで微精霊の群れのように、ホーム一面へと広がっていく。
光が揺らぎ、視界が歪む。
結界陣列――拘束と制圧のための魔力構造。
それを見て、カタルトゥは口角を上げた。
「知ってるぞ」
低い声。
「それがお前の必殺技だろ、雷神」
挑発するように一歩踏み出す。
「そうか」
クライドの声が、静かに響く。
「なら――避けてみろ」
光剣を構え、殺気を一点に集中させる。
「その自慢の目でな『オン』」
雷光が走る。
光球が脈動し、空間が軋む。
クライドは一歩、静かに前へ出た。
呼吸が整う。雷の気配が、皮膚の内側を走り始める。
――短文詠唱。
「……雷よ」
それだけで、空気が軋んだ。
カタルトゥは即座に異変を察知し、後方へ跳ぶ。
床に細かな亀裂が走り、青白い火花が踊った。
「来るか……!」
クライドの瞳が、稲妻の色に染まる。
「――天地開闢より生まれし雷霆よ
我が血に宿る雷神の名において命ず
始原の光となり、全てを貫け――」
「ジェネシス・スパーク!!」
轟音。
巨大な雷の槍が形成され、一直線にカタルトゥへと放たれた。
空間そのものが引き裂かれ、床も壁も溶けるように崩れる。
「――っ!」
カタルトゥは歯を食いしばり、自らの右腕を前に突き出した。
次の瞬間。
雷光が炸裂し、腕が吹き飛ぶ。
血と焦げた匂いが宙に散った。
それでも――生きている。
「ほう……」
クライドは、わずかに目を細めた。
「自分の腕を犠牲にして、防いだか」
(こういう無茶はリボルの役目だろが……早く終わらせてぇ〜)
内心の愚痴とは裏腹に、雷は収まらない。
カタルトゥは荒い息を吐きながら笑った。
「まったく……聞いていたが、本当に化け物だな。
クライド・アルケイド。その光剣が主武装じゃないのか?」
「これは俺のオリジナルだ」
クライドは淡々と告げる。
「この技を使えば、大抵の敵は沈む。
――防いだのは、お前が初めてだ」
「それはどうも、シリアルナンバーさん」
カタルトゥは皮肉っぽく肩をすくめる。
「で? 自慢の身体強化はどうした?」
「……はぁ、はぁ……」
息が上がる。
体力の消耗は、誤魔化せない。
(こいつ……格が違いすぎる)
焦りが、胸を締め付ける。
(このままじゃ勝ち目が薄い……仕方ない、相打ちでも――)
「今、相打ちとか考えただろ」
その声は、あまりにも近かった。
「――っ!?」
「生憎だがな」
クライドの光剣が、雷光を帯びて唸る。
「俺はお前みたいなチンケな野郎と心中する気はないね。ここで殺す」
「あと言っておくが――俺はシリアルナンバーじゃない」
殺気が、圧となって叩きつけられる。
(……相打ちも無理、か)
カタルトゥは、吹き飛ばされた腕の付け根を押さえながら、静かに呟いた。
(ならば、せめて……)
その瞳に、狂気と覚悟が宿る。
「――告げる」
低く、重い詠唱。
「汝、死を選ぶ者
汝、自らを礎とし、この場を凌ぐ者
我、土の精霊に誓い、契約を結ばん」
地面が、震え始める。
「せめて……こいつだけは、アルテラに合わせちゃいけない……!」
「――終焉の壁よ、降り注げ」
「まずい!!!」
「冥府落星!!」
空間が歪み、
小粒の隕石が雨のように降り注いだ。
衝撃。
地面が崩壊し、床が丸ごと抜け落ちる。
「――くっ!」
「隊長!!」
クライドとクリッドは、叫ぶ間もなく下層へと落下した。
瓦礫と土煙が、全てを覆う。
――数秒後。
崩れた縁に立ち、カタルトゥはふらつきながら息を整えた。
「……不味いな」
視界の先に、二人の姿はない。
「逃げられたか……だが、瀕死だ」
背後から、クリッドの部下の声が響く。
「隊長、どうするのですか?」
「先に先達したチームに連絡しろ」
クライドは瓦礫の中から立ち上がり、通信機を掴んだ。
「俺は……しばらく合流できないとな」
「わかりました」
通信が切れる。
「……はぁ」
クライドは頭を抱え、深くため息をついた。
「また、ボスに叱られる」
瓦礫の隙間で、雷が小さく弾けた。
追記 スパーク系統魔術: 主に雷属性の魔術で多種多様に使われる魔術の一種その技術は年々進化しており他属性より最も多く今は15種類ある。
クイックスパーク イナズマのように走ることができる
ホーリースパーク 聖職者限定の高等魔術
ラウンドスパーク 円上にイナズマを出し金属などの方向性をずらすことができる
ジェネシススパーク クライドのオリジナル雷の槍を創生し相手を突き刺す




