第21話 掃討作戦
リボルたちを乗せた軍用機は、厚い雲を切り裂くようにして夜空を進んでいた。
イギリスの基地を発ってからすでに数時間。機内は低いエンジン音が絶えず響き、照明は必要最低限に落とされている。窓の外には、月明かりに照らされた雲海が静かに流れていた。
リボルは座席に深く腰掛け、コートの襟を直しながら小さく息を吐く。
「はぁ……スラン。結局ついてくるのか」
向かいの席で、端末を膝に置いたスランがにやりと笑った。
「当たり前だろ。今回みたいな作戦、ハッカーの力が必要になるに決まってる」
「そうか? どう考えても乱戦になるぞ」
リボルは視線を前方へ向けたまま言う。
「敵兵の通信を攪乱したり、誘導したりするくらいなら――」
「――なら、って?」
言い切る前に、隣から冷めた声が飛んできた。
「どのみち、このハッカーは今回あんまり役に立たないでしょ」
ミアだった。腕を組み、露骨に呆れた表情を浮かべている。
「ひどくない!?」
スランは即座に抗議の声を上げ、勢いよく身を乗り出した。
「ソフィアちゃんは酷いと思わない? 今の言い方!」
「え……? はい」
返事はしたものの、ソフィアの視線は窓の外に向いたままだった。
どこか上の空で、まるで会話が耳に入っていない。
その様子を見た瞬間、スランはがくりと膝から崩れ落ちた。
「ああ……皆して酷いよ……」
そして、ふと思い出したように顔を上げる。
「そうだ、セリナちゃんは――」
「今回はいないぞ」
リボルが淡々と答える。
「マジで?」
「今回は、はっきり言って前の数倍は酷い状況になる」
機内の空気が、わずかに張り詰めた。
「レオーネは今、日本に修行に行ってるしな。戦力も万全とは言えない」
その言葉に、ミアは軽く舌打ちし、ソフィアは無意識に拳を握りしめた。
――フランス。
腐敗都市リベリオン。
そこは、表の地図には載っていながら、裏では完全に別の法則で動いている街。
麻薬、違法兵器、人身売買、そして正体不明の存在――“キメラ”。
軍用機はやがて雲を抜け、遠くにフランスの大地が見え始める。
夜の街明かりが点となり線となり、まるで地上そのものが脈打っているかのようだった。
リボルは目を閉じる。
(……また地獄か)
だが、恐怖はなかった。
あるのは、覚悟だけだ。
「着いたら各自準備だ。ここから先は遊びじゃない」
その一言に、誰も軽口を叩かなかった。
機内には再び、エンジン音だけが静かに流れ続けていた。
◆◆◆
フランス郊外、夜明け前の空気は冷たく、地面には薄く霧が漂っていた。
そこに並んでいたのは、大型装甲車――ざっと見積もっても三十台近い。重厚な装甲に覆われた車体が規則正しく整列し、低く唸るエンジン音が胸の奥まで響いてくる。
その中央付近に、すでにボスとクライド、そして各部隊の隊員たちが集結していた。
「よぉ~、リボル。調子はどうだい」
こちらに気づいたクライドが、相変わらず軽い足取りで駆け寄ってくる。
「絶好調だよ、バカ」
「相変わらずだなぁ」
まるで男子高校生のような、気の抜けたやり取り。
しかし、その空気は長くは続かなかった。
――パンッ。
乾いた音とともに、ボスが合図を出す。
「揃ったな、お前たち」
その一声で、場の空気が一変した。
隊員たちは一斉に背筋を伸ばし、揃って敬礼する。
「よろしい。では、作戦を伝える」
「イエスマム!」
張り詰めた声が、霧の中に響いた。
「今回の作戦は掃討戦だ。敵兵を一人たりとも逃がさない」
ボスは淡々と続ける。
「この三十六名を六組に分ける。各班、私が指定したポイントへ装甲車で移動し、同時刻に突入する」
その言葉に、隊員たちの喉が小さく鳴った。
「リボル、ソフィア。お前たちは別行動だ。親玉を捕らえろ」
一瞬の間。
「――無理だと判断した場合は、殺しても構わん」
「イエスマム」
リボルの返答には、一切の迷いがなかった。
「敵内部に侵入する際は、この時限式爆弾を使用し、指定した通路を封鎖する。その後、軍が掃討作戦を実行。以上で終了だ」
ボスは周囲を一瞥する。
「何か質問はあるか」
一拍置いて、クライドが手を挙げた。
「はい、ボス」
「なんだ、クライド。言ってみろ」
「もし……規格外と遭遇した場合は、どうするんですか」
その問いに、リボル以外の隊員たちはわずかに息を呑んだ。
誰もが、最悪の存在を想像していた。
「そうだな」
ボスは少しだけ考え、答える。
「その場合は、知らせの蛍光弾と煙幕を使用し、即座に離脱しろ」
隊員たちの肩から、わずかに力が抜ける。
「もし、クライドかウェントリヒーが近くにいるなら、相手をしてもらう。時間稼ぎくらいにはなるだろう」
「……」
クライドは、不満を隠さず口を尖らせた。
「それって、俺たち使い捨てってことじゃ……」
「返事はイエスだ」
即答だった。
「……イエスマム」
その声は、先ほどよりも少し低かった。
「他に質問がないなら、さっさと配置につけ。合図があるまで、武器の手入れでもしていろ」
「イエスマム!」
隊員たちはそれぞれ散っていく。
装甲車の影に消えていく背中には、覚悟と恐怖が入り混じっていた。
リボルは銃を確認しながら、静かに息を整える。
(――始まるな)
腐敗都市リベリオン。
ここから先は、命の値段が限りなく軽い世界だ。
そしてその中心に、自分たちは踏み込もうとしていた。




