EXep1 ガンメモリアル
――二十四年前。
銃を手に取り、その身をすべて戦場へ委ねることになる彼の、始まりの物語。
それは、とても寒い夜だった。
クリスマスの鐘の音が、澄んだ空気を震わせるように街に響き渡っていた。
通りには色とりどりのイルミネーションが灯り、まるで世界そのものが祝福に包まれているかのようだった。あまりにも眩しく、美しく、――だからこそ、その光は彼の目にはどこか遠いものに映っていた。
そこに、ひとりの子供がいた。
痩せ細り、今にも倒れてしまいそうな小さな体。寒さに震えながらも、必死に大人の背中を追っている。
その隣を歩くのは、派手な服に派手なブレスレットを身につけた、母親らしき女性の影だった。
「ねぇ……お母さん、何しに行くの?」
恐る恐る投げかけた問いに、返ってきたのは冷たい声だった。
「あなたは黙ってちょうだい」
次の瞬間、彼女の手が子供の頭を強くはたく。
母親は立ち止まることなく、ぶつぶつと独り言のように何かを呟いていた。
(今なら、まだ間に合う……あと百万円、用意できれば……)
その言葉の意味を、子供は理解できなかった。ただ、不安だけが胸に溜まっていく。
「お母さん……どこに行くの?」
「もうすぐ着くわよ、■■■」
やがて辿り着いたのは、街の光から切り離されたような場所だった。
荒れ果てた大きな建物。割れた窓ガラスがそこかしこに散らばり、今にも崩れ落ちそうな古いビルが、闇の中に不気味に佇んでいた。
中から現れたのは、大柄な大男だった。
「おい、■■■■。約束のものは持ってきたか」
「ええ。この子よ」
その返事と同時に、大男の手が彼の腕を掴んだ。
力強く、逃げ場のない掴み方だった。
訳も分からないまま、彼は部屋の奥へと運ばれていく。
冷たい床、埃の匂い、そして大人たちの無遠慮な視線――。
「……ん~、これは駄目だな」
男は品定めするように彼を見下ろし、舌打ちをした。
「痩せすぎだし、状態も良くない。これじゃ売れても二十万が限界でっせ」
「今すぐお金が必要なの。早くちょうだい」
母親の声には、焦りと必死さだけがあった。
次の瞬間、大男は懐から札束を取り出し、無造作に差し出す。
「これでいいか」
女はそれをひったくるように受け取り、紙幣が皺だらけになるまで強く握りしめた。
そして、振り返ることもなく、その場を去ろうとする。
その背中を、か細い手が引き止めた。
「……お母さん、どこに行くの?」
一瞬だけ、母親は立ち止まった。
そして、ほんの一瞬――作り物のような笑顔を浮かべる。
「お母さんはね、今から遠い場所に行かなくちゃいけないの」
優しい声色だった。だからこそ、その言葉は余計に胸を締めつける。
「■■■は、ここでこの大きなお兄さんの言うことを聞いて、大きく育つのよ」
彼は、その意味を理解できなかった。
まともな教育を受けていなかったせいもある。ただ、母親がいなくなることだけは分かった。
「……わかった」
それだけを答え、小さく手を振る。
母親は振り返らなかった。
クリスマスの鐘の音だけが、遠くで虚しく鳴り続けていた。




