第18話 一方的に勝つに決まっている
リボルは、ソフィアに言われた通り、レア指定生徒たちが集められている区画へと向かっていた。
クロノス学園の中でも、この一帯は空気が違う。
天井は高く、壁面には過去の戦闘データや成績上位者の名前がホログラムとして浮かび上がっている。廊下を行き交う生徒たちの足取りも、どこか張り詰めていた。
(……相変わらず息苦しい場所だな)
リボルは無意識に肩をすくめながら、受付らしきカウンターの前に立つ。
「あの、すいません」
低く、少し面倒くさそうな声。
「ウェルター校長に呼ばれて来たんですけど」
その呼びかけに反応し、端正な制服に身を包んだ女職員が近づいてくる。
事務的でありながら、警戒心を隠さない視線。
「失礼ですが、身分証をお見せいただけますか?」
「あー……身分証ね。少し待ってくれ」
リボルは首元に手をやり、シャツの下に隠れていたものを引き出した。
金と銀が絡み合い、螺旋を描くように加工された小さな勲章。
一見すれば装飾品にしか見えないそれを、無造作に差し出す。
「これでどうにかならないか?」
女職員はそれを受け取り、眉をひそめる。
「……こちらは、何でしょうか?」
「だよな。分からないよな」
リボルは肩をすくめ、苦笑混じりに呟いた。
その瞬間。
「――おい」
低く、鋭い声が背後から響く。
ベンチに座っていた一人の男が立ち上がり、まっすぐこちらを睨んでいた。
整った顔立ち、鍛え抜かれた体躯。制服の着こなしからも、自信と実績が滲み出ている。
(……あれは、シリアルナンバー専用の証。なぜ、あの男が……)
男の視線は、勲章に釘付けになっていた。
「お前、なぜそのシリアルナンバー専用の勲章を持っている」
一歩、距離を詰める。
「答えろ」
「……誰、この人」
リボルがぼそりと呟くと、女職員が小声で補足した。
「こちらは、昨年度この学園をトップ成績の――
ハルター・ウェイマンさんです」
「へぇ~」
興味なさそうに相槌を打つリボル。
「答えろと言っている!」
ハルターの声には、怒りと焦燥が混じっていた。
「何って……」
リボルは溜め息をつき、勲章を指で弾く。
「俺リボル・クリッカーが、そのシリアルナンバーだからだ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、ハルターの顔が歪む。
「……嘘だ」
吐き捨てるように言い放つ。
「お前のような、ホームレス同然の男に、この勲章が与えられるはずがない」
周囲の視線が集まるのを、リボルは肌で感じた。
「今すぐその勲章を本部に預け立ち去れ。
そうすれば――命までは取らない」
(あー……こいつ、人の話を聞かないタイプだな)
リボルは内心でそう思いながら、頭を掻いた。
「おい、聞いているのか」
「聞いてる聞いてる」
リボルはゆっくり顔を上げ、ハルターを見据える。
「いいから聞け、クソ坊主」
空気が凍りつく。
「そんなに信じられないなら――表に出ろ」
静かな声だったが、底に確かな殺気が宿っていた。
「わからせてやるから」
ハルターは一瞬、目を見開き――そして、口角を吊り上げた。
「いいだろう」
「負けたら――お前は、このウラノスから出て行ってもらう」
その言葉と同時に、周囲の生徒たちが息を呑む。
リボルは小さく息を吐き、歩き出した。
(校長に会う前に、一仕事か)
「やれやれ……」
リボルは首を鳴らし、無造作に肩を回した。
「それじゃあ、俺が勝ったら様を付けてもらうぞ」
その一言に、周囲の空気がざわつく。
「……了承した」
ハルターは冷たい声で応じ、視線を逸らさない。
「始めようか」
◆◆◆
その頃――。
校内の廊下を、ソフィアとセリーナは並んで歩いていた。
だが、いつもなら規律正しく静かなはずの学園内が、妙に騒がしい。
生徒たちが小声で囁き合い、足早にどこかへ向かっている。
「なあ、聞いたか?」
「ハルター先輩と、誰か知らない男が決闘するらしいぞ」
「マジかよ……」
その会話を耳にした瞬間、ソフィアの足が止まった。
(……決闘? まさか――)
嫌な予感が、背筋を走る。
「決闘? ……まさか、あのバカ」
思わず呟いた言葉に、セリーナが不安そうに見上げる。
「どうしたの、ソフィアお姉ちゃん?」
「……ちょっと、ついてきてくれる?」
声音は落ち着いていたが、その瞳には明らかな焦りが宿っていた。
「え?」
セリーナは小さく頷き、二人は人の流れを追って走り出した。
◆◆◆
クロノス学園・バトルフィールド。
広大な訓練用闘技場には、すでに大勢の生徒と教職員が集まり、円形に取り囲んでいた。
高い防護壁、空中に展開される結界、観測用ドローン――
ここは、本気の戦闘を想定した場所だ。
中央に立つのは、ハルター・ウェイマンと――
その向かいに、飄々と佇むリボル。
「それでは、ルールを説明します」
審判役の教官が、拡声器越しに淡々と告げる。
「どちらかが戦闘不能と判断された時点もしくは武器の破壊または故障の時点、試合は終了させていただきますよろしですか」
「覚悟はできているか、リボルと言ったか」
ハルターが睨みつける。
「――さんを付けろや、クソ坊主」
リボルは欠片ほどの緊張も見せず、挑発的に返した。
その瞬間。
「間に合った……!」
ソフィアとセリーナが、観客の隙間を縫って最前列へと辿り着く。
「これから、何が始まるんですか……?」
セリーナの声は小さく、怯えを含んでいた。
ソフィアは苦笑し、視線を闘技場の中央に向けたまま答える。
「それはね……多分」
一拍置いて、はっきりと言い切る。
「一方的なリンチよ」
その言葉と同時に――
「――試合、開始!」
審判の合図が、闘技場に響き渡った。
張り詰めた空気が、一気に爆ぜる。
次の瞬間、すべてが動き出そうとしていた。




