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シルバーバレット  作者: 顔のない人間
第二章 腐敗都市リベリオン

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第17話 秘密防衛機関育成組織クロノス

「あの……リボル先輩」


ソフィアの声は、いつもより少し控えめだった。

玄関近く、朝の光が差し込む場所で、彼女は言葉を選ぶように一度息を吸う。


「セリナちゃんのことで、ご相談があるのですが」


「なんだ。言ってみろ」


リボルは壁にもたれ、腕を組んだまま視線だけを向ける。

その態度は素っ気ないが、話を遮る気はない――それをソフィアも理解していた。


「私が……五ヶ月前まで通っていた学校があります。

特殊機関組織が運営している、保護対象者と将来の人材育成を兼ねた施設です」


一瞬の沈黙。


「……あそこか」


リボルの低い声に、ソフィアは小さく頷いた。


「はい。一般の学校よりも安全管理が徹底されていますし、

事情のある子も多い。セリナちゃんが……浮かない場所だと思います」


セリナはその会話を、少し離れたところで聞いていた。

手袋越しに自分の腕を握り、視線を床に落とす。


(学校……)


胸の奥で、懐かしさと不安が同時に揺れた。


普通の教室。

普通の友達。

それをもう一度、持っていいのだろうか。


リボルはしばらく考え込むように目を閉じ、顎に手を当てた。


「……わかった」


短く、だが迷いのない声。


「今から行こう」


「今から!?」


ソフィアの声が一段高くなる。


「い、いえ、その……少し待ってください。

まず校長と連絡を取らないと……!」


「動けるときに動く。後回しはロクなことにならん」


リボルの言葉は実感に満ちていた。

ソフィアはそれ以上反論できず、小さく息を吐く。


「……わかりました。すぐ連絡を取ってきます」


そう言い残し、彼女は自分に割り当てられた部屋へと足早に戻っていった。


残されたのは、リボルとセリナ。


「どうだ、セリナ」


リボルはしゃがみ込み、彼女と目線を合わせる。


「学校、行ってみるか」


セリナはすぐには答えられなかった。

唇を噛み、少しだけ視線を彷徨わせる。


「……私がいても、大丈夫な場所?」


その問いは、子供らしくもあり、ひどく重かった。


「それは……行ってみないとわからん」


正直な答えだった。


「だから、俺がついていく」


セリナの目が、わずかに見開かれる。


「最初から最後まで。

嫌なら、その場で帰る。それでいい」


少し間を置いて、セリナは小さく頷いた。


「……うん。じゃあ、行ってみる」


その声はまだ震えていたが、逃げてはいなかった。


そこへ、慌ただしい足音が戻ってくる。


「連絡、取れました!」


ソフィアの表情は、どこか誇らしげだった。


「校長が言っていました。

『シリアルナンバー、リボル・クリッカーの推薦ならぜひ』と」


「……名前が一人歩きしてんな」


リボルは苦笑しながら立ち上がる。


「さてと。決まりだな」


「はい」


「行くぞ、セリナ」


「うん、先生」


その瞬間、部屋の隅の影が揺れ、ぬっと形を成す。


「……我は?」


ミニウォズが不満げに顔を出す。


「お留守番だ」


「なぜだ」


「学校に吸血鬼は連れていけねぇ」


「理不尽だな」


「黙ってろ」


ミニウォズは舌打ち――のような音を立て、再び影に溶け込む。


「……帰る頃には、面白い話の一つでも用意しておけ」


誰に向けたとも知れぬ言葉を残して。


こうして一行は、次の場所へ向かう準備を始める。


それは日常への一歩であり、

同時に、また新たな現実と向き合うための扉でもあった。


セリナは玄関先で、ほんの一瞬だけ振り返る。

古びた家、静かな影、そして――守ってくれる背中。


(……大丈夫)


そう、自分に言い聞かせながら。


新しい場所へ、足を踏み出した。


◆◆◆


リボルたちは、街外れの路地裏にぽつんと立つ、年代物の電話ボックスの前に立っていた。

赤く塗られた外装は色褪せ、ガラスには無数の細かな傷が刻まれている。誰の目にも、ただの使われなくなった公衆電話にしか見えない。


だが、ソフィアは迷いなくその扉を開けた。


「中へどうぞ」


促され、セリナは一瞬だけ足を止める。

狭い空間。わずかに油と埃の匂いが混じった空気。

だが、リボルが後ろに立っているのを確認すると、小さく息を吸い込み、一歩踏み出した。


全員が中に入ると、ソフィアは受話器を取り、慣れた手つきでダイヤルを回す。


「……もしもし。こちら第一隊。暗証番号、一一四五一四」


短い沈黙。

その間、セリナの心臓は早鐘のように鳴っていた。


(……本当に、繋がるの?)


だが次の瞬間、受話器の向こうから無機質で落ち着いた声が返ってくる。


『はい、承りました。認証完了。どうぞお入りください』


カチリ、と乾いた音が鳴った瞬間、電話ボックスの床が微かに振動した。


視界が歪み、光が反転する。


セリナは思わずリボルの袖を掴む。

だが、恐怖よりも先に、胸の奥に奇妙な高揚が湧き上がってきた。


次の瞬間――


「ようこそ」


聞き覚えのない声とともに、視界が開ける。


「秘密防衛機関組織育成機関――クロノスへ」


そこに広がっていたのは、外界とは切り離された巨大な地下施設だった。

高い天井、白と黒を基調とした無機質な廊下、規則正しく配置された照明。

遠くからは訓練用の衝撃音や、機械音が微かに響いてくる。


セリナは思わず息を呑んだ。


(……すごい)


「いい? セリナちゃん」


ソフィアは彼女の視線の高さに合わせるように身を屈め、優しく微笑む。


「ここでは主に二つの科に分かれているわ。

一つは前線で戦うための戦闘科。

もう一つは情報解析や戦術立案を担う分析科」


彼女の声は落ち着いていて、どこか懐かしさを帯びていた。


「今日は見学をしてもらって、どちらに進みたいかを決めてもらうの。

急ぐ必要はないわ」


「……はい」


セリナは小さく頷く。

不安はまだ消えていない。それでも――拒絶されない場所が、ここにあるかもしれない。

そう思えただけで、胸の奥が少し軽くなった。


その様子を黙って見ていたリボルが、腕を組んだまま口を開く。


「で、俺は何をすればいい」


「先輩は……ええと」


ソフィアは少し困ったように視線を泳がせる。


「この学校でレアと呼ばれている生徒たちの実戦訓練担当をしてほしいと、校長が」


「……しごけ、と」


「はい」


「わかった。すぐ向かおう」


一切の躊躇もなく言い切るリボルに、ソフィアは思わず苦笑する。


「よろしくお願いします、先輩」


「それじゃ、セリナちゃん」


ソフィアは改めてセリナに向き直り、手を差し出した。


「行きましょうか。ここからが本番よ」


セリナはその手を見つめ、一瞬だけためらった後、そっと握り返す。


「……はい」


こうして彼女は、

守られるだけの存在から、選ぶ側へと足を踏み出した。


ソフィアとセリナは、クロノス校内の長い廊下を並んで歩いていた。

床は磨き上げられた金属調の素材で、足音が小さく反響する。壁の一部は透明な強化ガラスになっており、その向こうでは訓練用ホログラムが明滅し、断続的に爆発音や衝撃波が走っていた。


「まずはここね」


ソフィアは立ち止まり、壁面に浮かぶ立体表示を指差す。


「戦闘科よ。ここでは主に、対・化け物用の戦闘プログラムを扱っているわ」


ガラス越しに見えるのは、人型とは呼びがたい異形のシミュレーターと、それに立ち向かう生徒たちの姿だった。

それぞれが異なる武装、異なる戦法で戦っている。


「一人ひとりの適性に合わせて、AIが戦闘カテゴリーを割り振るの。近接特化、銃撃型、魔術補助型……全部ね」


セリナは思わず身を乗り出す。


「すごい……」


「で、ここである程度の実績を積むと“レア”って呼ばれるようになるわ」


ソフィアの声には、少しだけ誇らしさが混じる。


「そうなると、秘密防衛機関ウラノスへの入隊が、かなり楽になるの。推薦枠も増えるしね」


一瞬、ソフィアは懐かしそうに目を細めた。


「私はここを飛び級して、そのままミアと一緒にウラノスに入ったんだけど」


「ミアさんも……この学校の出身なんですか?」


「そうよ」


ソフィアは頷き、歩きながら続ける。


「ミアは分析科を主席で卒業して、私と一緒に飛び級。

私は第一部隊Bチームに推薦されて、ミアは――」


そこでソフィアは少し声を落とす。


「シリアルナンバーの、リボル先輩に推薦されたの」


「……シリアルナンバー?」


聞き慣れない言葉に、セリナは首を傾げる。


「シリアルナンバーっていうのはね」


ソフィアは急に身振り手振りが大きくなり、熱を帯びた口調になる。


「ウラノスにおける規格外戦力のことよ。この世界に、たった二十人しかいないの」


「そんなに……」


「しかも!」


ソフィアの息遣いが、目に見えて荒くなる。


「リボル先輩はその中でも異端で、傑物って言われてて!

魔術回路を一切持たないのに、ここまで駆け上がった例なんて前代未聞で――」


一歩踏み出した瞬間。


「……イタっ」


ソフィアの額に、軽い衝撃。


「コラ」


聞き覚えのある、冷えた声。


顔を上げると、腕を組んだミアが立っていた。

白衣の裾を揺らし、いかにも研究者然とした佇まいだ。


「あんた、ここで何やってるのよ」


「あなたこそ、ここで何をしているんですか」


ソフィアは額を押さえつつ、言い返す。


「前のクラン突入作戦以降に発生した人口吸血鬼の分析と調査よ。ここが一番設備が整ってるから」


「……相変わらず物騒ですね」


ミアはちらりとセリナを見る。


「あんた、なんでこんな危ないところに連れてきてるの」


「セリナちゃんに、この学校の見学をしているだけよ」


「それなら――」


ミアは即座に言った。


「分析科をおすすめするわ」


「えー、分析科はつまらないでしょ」


「うるさい」


パシッ、と軽い音。

ミアはソフィアの頭を叩いた。


「いい?」


ミアは今度はセリナの方を向き、少しだけ声を柔らげる。


「進路については、私たちが無理に口出しすることじゃないわ。

でも、もし迷ったら……いつでも相談しなさい」


「はい」


セリナは深く頷いた。


「それで……ミアさんは、どうして今ここに?」


「それは――」


ミアは一瞬考え込み、


「……ごめん、忘れたわ」


「忘れたんですか!?」


「忘れた」


あっさり言い切り、踵を返す。


「じゃ、私は戻るから」


歩き出しながら、ふと思い出したように振り返る。


「ソフィア」


「はい?」


「あの銃バカに伝えといて。今夜、ボスが呼んでるって」


「了解です」


ミアはそれだけ言い残し、廊下の向こうへと消えていった。


静寂が戻る。


セリナは、胸の奥に小さな不安と、それ以上の期待が渦巻くのを感じていた。


(……私、どこへ行くんだろう)

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