第16話:静かに満ちる力、瘴気の犬と絆の証
──朝。
レイルは、乾いた喉と背中の冷えを感じて目を覚ました。
(……布団がちょっと薄かったか? いや、モモンが夜中に腹に乗ってきたせいだな)
窓の外では、小鳥のさえずりと共に村の朝が始まりつつあった。
レイルは支度を整えると、階下の食堂へと向かう。
まだ早朝のせいか、他の宿泊客は少ない。調理場から漂うスープの匂いと共に、明るい声が聞こえてきた。
「おはよう、レイル。あ、寝癖ついてるよ」
振り向くと、宿屋の娘――エマが、湯気の立つスープを手に近づいてきた。
「……悪い。ちゃんと寝たんだけどな」
「ふふっ、今日は少し冷え込んだからね。お布団、もう一枚出しておこうか?」
「助かる」
レイルはテーブルに座ると、出されたパンとスープ、そして干し肉の皿を受け取った。
「……そうだ、聞いた? 今日の依頼、あんたを“名指し”で指名だって」
「名指し?」
「農産業組合のガランさん。前の井戸事件での対応、村じゃちょっとした話題なのよ」
エマは微笑むが、どこか複雑な表情も見せた。
「……すごいことなんだけどね。あんたがまた目をつけられるんじゃないかって、ちょっと心配」
「……気にしてない。ありがとな」
レイルは静かにスプーンを口に運び、モモンは膝の上で「ぷしゅ〜」と甘えるように丸まっていた。
■ 村の畑付近
組合長ガランの案内で、レイルは農具小屋の裏手へと回る。
昨日の討伐依頼の現場に、再び異変が起きたという。
「……また、何か出たんですか?」
「ああ、昨夜も村の犬が妙に吠えていたと思ったら、明け方には干し草が荒らされていた」
ガランは額を拭いながら言った。
「納屋の周囲に、妙な足跡と黒い痕が残っていてな。……昨日の奴の仲間か、あるいは別の何かか……」
レイルは納屋の扉を開け、静かに構えた。すると──
「グルルル……ッ!!」
納屋の奥、干し草の山の陰から、獣のような低い唸り声が響いた。
(犬……? いや、違う)
そこにいたのは、毛皮が腐敗しかけた瘴気をまとった犬型魔物──
瘴牙犬。
眼は濁り、皮膚は膿み、牙は不自然に伸びている。
元は飼われていた獣の成れの果てだろうか。
「くるぞ──!」
モモンがレイルの前に跳ねる。「ぷしゅっ!」と短く鳴いたその声は、レイルにはこう聞こえた。
《臭い……こっち、来る!》
獣が唸りながら跳躍した瞬間、レイルが叫ぶ。
「モモン、前方に酸! ミル、右から!」
「ぷしゅーっ!」
「はいっ!」
モモンの粘液が獣の脚に直撃し、足止め。
ミルの鉤爪が閃き、瘴牙犬の肩を裂く。
さらにレイルの投石が側頭部に直撃、よろけた隙に──
「これでっ……!」
ミルが一撃で首筋を断ち、魔物は絶命した。
■ 検体回収と“吸収”の実験
「……やはり、前の奴よりも瘴気が濃いな。こいつ、牙の根元が妙に膨れてる」
ガランが瘴牙犬の死体を見て唸る。
「検体として報告に使うなら、牙と舌を回収しておく。あと、ちょっと試したいことがあるんだが──いいか?」
「試す?」
「モモンがな、最近ちょっと変わった動きをするんだ。素材の中でも、瘴気が濃いものに異様に反応する」
「昨日も……キラキラしてた」
ミルがぽつりと呟く。
「素材の“鮮度”が落ちる前に、反応を見る。もし体調が崩れたら、すぐ止める」
ガランは不思議そうな顔をしたが、「……構わん」とうなずいた。
「モモン、やってみるか」
「ぷしゅ?」
レイルが瘴牙犬の舌と牙を指差すと、モモンは小さくうねり、ぬるりとそれらを体内に取り込んだ。
「ぷる……ぷるる……ぷしゅぅぅっ!」
青白い火花がモモンの体内で弾けた。
「っ……!」
レイルには、はっきりと“声”が聞こえた。
《……におう、ちかい……くさい……》
「……お前、今……喋ったか?」
モモンは「ぷしゅ?」と跳ねる。
ガランにはただの鳴き声にしか聞こえなかったようだ。
「今、鳴いたか? なんか変な音だったな」
「いや、……いつもの癖みたいなもんです」
(俺にだけ……言葉が“わかる”)
かつてなかった感覚――絆。
それが芽生えた瞬間だった。
■ 夜。鍛冶屋「ドロック」の店にて
レイルは瘴牙犬から回収した素材袋を抱えて、鍛冶屋の戸を叩いた。
「おお、また来たか。不気味な素材だな、今日も」
ドロックは作業台から顔を上げると、ミルの鉤爪を手に取って軽くうなった。
「……刃こぼれしてるな。昨日の跳牙猿と、今日の犬か」
「はい。修理と、可能なら補強も」
「ふむ。こっちは鍛え直しと魔蝕対策の塗り直しだな……35ルム。払えるか?」
「払う。それと──瘴牙犬の舌と牙、買い取ってくれないか」
「見せろ」
ドロックは袋の中を覗き込むと、渋い顔をした。
「見た目は悪いが、魔除けの装飾に使えるな……110ルムってとこだ」
「十分だ」
素材と引き換えに、革袋に詰められたルム硬貨を受け取る。
ドロックは、受け取った牙を磨きながらつぶやいた。
「最近、ちょっと見直してるんだよ。お前さんのやり方をな。……ま、俺は口じゃなく腕で語るがな」
「それが一番、助かる」
レイルは静かに頭を下げると、帰り際にミルの鉤爪を受け取って店を後にした。
■ 村の夜道、静かな決意
夜風が肌に染みる帰り道。
膝に跳ね乗るモモンが、レイルの手に頬をすり寄せる。
「……わかってる。お前は、もう仲間だ」
「ぷしゅ♪」
人知れず、少しずつ“力”が集まりつつある。
けれどその芽は、まだ静かに土の中──
踏みしめた土と、自らの足跡だけが、確かな道のりを示していた。
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◆レイルの財布事情(第16話終了時点)
•前回所持金:1270ルム
•朝食代:−3ルム
•鉤爪補修費:−35ルム
•素材売却:+110ルム
•現在の所持金:1342ルム
ちょっと盛り込みすぎて長くなってしまいました




