第14話「その呼び名の意味」
静かな夜。森の外れ、焚き火の炎がぱちぱちと音を立てていた。
ミルはレイルの隣に腰を下ろし、じっと彼の横顔を見つめる。
静かすぎる時間の中で、ぽつりと呟く。
「……ねえ、お兄」
「ん?」
「わたし、どうして“お兄”って呼ぶようになったか、覚えてる?」
レイルは少し目を細め、火を見つめたまま答える。
「覚えてるよ。……あの日だな」
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──それは、まだミルと契約して間もないころ。
ミルは当初、無口で鋭い目をしていた。
人間に裏切られた過去があると言っていたが、詳しくは語らなかった。
そんなある日の任務帰り。
冷え込む夕暮れ、焚き火の前で一緒に干しパンをかじっていたとき――
「……レイルって、優しいんだね」
「そうか?」
「だって、他のテイマーだったら、こんなに丁寧に火を分けてくれないよ」
「……」
「ねえ、レイル。わたし、これから……“お兄”って呼んでもいい?」
「好きにしろ」
それが、ミルの口から「お兄」という言葉が出た最初だった。
それからは、呼び名の中に自然と距離の近さと安心が混ざっていった。
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「……それ、覚えててくれて嬉しい」
「当然だろ。俺にとっても、あれは大事な瞬間だったからな」
ミルがふふっと笑って、肩を寄せてくる。
モモンも、レイルの膝の上で小さく震えながら「ぷしゅ」と音を立てた。
「そういや、モモンともああいう出会いだったな」
「モモンとの?」
レイルは懐かしそうに火を見つめたまま語り始めた。
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──それは、ギルドに登録して最初の依頼帰り。
レイルは報酬の少なさに宿にも泊まれず、森を抜けた小川のそばで寝転がっていた。
腹も減って、疲れも溜まって、ただじっと空を見ていたその時――
足元に、小さなぬるっとした感触。
「……スライム、か?」
淡くミルク色に光るスライムが、彼の指先に触れてきた。
危害を加えるでもなく、ただそこにいた。
「……お前、俺と一緒に来るか?」
スライムは、ぴょん、と跳ねて答えたように見えた。
その瞬間、契約の印がレイルの手の甲に刻まれた。
「名前、そうだな……“モモン”ってどうだ?」
「ぷしゅっ!」
可愛い声だった。
それは、レイルが初めて仲魔を持ち、「必要とされた」と実感した瞬間だった。
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「……それからずっと、一緒にいるんだね」
「そうだな。ミルも、モモンも。俺にとっては……大事な仲間だ」
「わたしたちも……お兄のこと、大事だよ?」
「……ありがとう」
照れくさそうに視線をそらしたレイルに、ミルがくすりと笑った。
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夜が更け、明日の任務を考えながら、レイルは小さくつぶやいた。
「……こんな日々が、いつまでも続けばいいんだけどな」
それは、誰にも聞かれない、小さな願いだった。
だが、その静寂は長くは続かない。
次に控えるのは、隣村との合同討伐依頼。そして、あの男――ベルトンの動きが、またひとつ。
静かに、しかし確実に、物語はうねり始めていた。
レイルの財布事情(第14話時点)
•前回所持金:1430ルム
•今回報酬なし(会話・回想メイン)
•支出:−30ルム(食費・乾燥肉・保存袋)
▶ 現在所持金:1400ルム
今回は、レイルと仲魔たちの絆を深める静かな夜のひととき。
ミルが「お兄」と呼ぶ理由、モモンとの出会い――どれも彼にとっての“支え”になっています。




