第13話「牙の向こうに揺れる影」
「ねえ、この報告、ちょっと変じゃない……?」
カティアが眉をひそめたのは、ギルドの記録保管棚を整理していたときだった。
手元には、ベルトンが提出した魔物素材の報告書がある。
内容は──《跳牙猿》の牙2本、討伐報告日・今週の月曜日。
「(でも……これって、同じ魔物をレイルさんが、先週提出してたはず……)」
もう一枚、資料を引っ張り出す。
レイルの提出は5日前。素材は《跳牙猿》の牙2本と皮。
しかも、その牙には“上位個体”の特徴――根元の厚みと銀条の筋が確認されていた。
ベルトンの提出した牙には、それがない。
むしろ中位以下の、量産種のものだった。
「それに……倒したのが自分だって、書いてるのに……報告遅すぎない?」
しかも、ベルトンの報告には「戦闘の詳細記録」がなかった。
現場の地形、血痕、魔素残留量──そうした情報がごっそりと抜けている。
「(まさか……人の手柄を盗ってる?)」
そう呟いた瞬間、カティアははっと顔を上げた。
職員室の奥でベテラン職員が、彼女の動きに気づいていた。
「……悪いけど、カティア。深入りはよせ」
「でも──」
「ベルトンは、村で信用がある。今は黙ってろ。これは上が判断する」
ぐ、と唇を噛んだカティアは、静かに書類を戻した。
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翌朝。ギルドの依頼掲示板に“再調査依頼”が掲示された。
【調査依頼】
地域:東井戸周辺の森
対象:跳牙猿個体群の再出現兆候あり
内容:確認と必要に応じて再討伐
報酬:320ルム
「また……?」
レイルは依頼板の前で、思わず眉を上げる。
あの個体は、モモンのスキャンによれば“特異種”だった。
討伐後、痕跡はモモンが処理し、素材も提出済み。
それなのに、ギルドは“未処理”として再調査を出した。
「俺が痕跡を消したせい、か……」
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宿の裏手で、モモンが地面に残る落ち葉や血の粒を吸い取っていく。
それを見ながら、レイルは呟いた。
「痕跡が残ると、他人が“見た”って言い出す。モモン、証拠は最初から消すのが一番だ」
「ぷいっ」
小さな体が嬉しそうに跳ねた。
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井戸へ向かう途中、ミルが歩きながら尋ねた。
「お兄……また、受けるの? 前と同じ、320ルムだよ?」
「……そうだな。安いよな、わりに」
「じゃあ、やめる?」
「やめない」
即答に、ミルは小さく笑った。
「ほんと、変わってるよね。お兄」
「そうか?」
「でも、好き」
「……ミル。そういうのは、タイミングを選べ」
「えー?」
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森に入ると、再び現れた《跳牙猿》の姿があった。
「……!」
それは、明らかに“暴走しかけていた”。
「魔獣化の兆候。筋肉の膨張、脳部に魔素圧集中──」
モモンがスキャンを展開する。
《スキャン範囲:直径20メル》《異常個体:確定》
跳牙猿の瞳が赤黒く光り、猛然と突進してくる。
「ミル、右へ! 俺が左を──」
レイルの指示と同時に、ミルの鉤爪が閃いた。
魔物の肩から深く抉り、モモンが飛び乗って体を“溶かす”。
「任務完了」
「ぷしゅっ」
残されたのは、溶け残った牙だけだった。
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討伐を終えた帰り道。
「お兄の鉤爪、すっごく使いやすいよ」
「そりゃあな。お前の腕と、ドロックの鍛冶のおかげだ」
「でも素材はお兄の戦利品でしょ?」
「……まあ、半分ずつってことにしとくか」
⸻
夜。
ギルドでの業務終了後、カティアは再び書類棚の前にいた。
「……やっぱり、ベルトンの報告、変」
レイルの提出した“上位個体の牙”の方が、戦闘日も早く、素材も上質。
それをなぜ、後日になってベルトンが“倒した”と報告したのか。
「これって、誰かが嘘を──」
そのとき、別の職員が部屋に入ってきて、カティアは口を閉ざした。
レイルの財布事情(第13話時点)
•前回所持金:1120ルム
•依頼報酬:+320ルム(跳牙猿再調査)
•支出:−100ルム(食費+保存具+素材洗浄費)
•素材売却:+90ルム(牙・爪)
▶ 現在所持金:1430ルム
報酬は同じ、でも成果はまったく違う――
痕跡を消すことで自分を守ってきたレイルだが、それが裏目に出はじめています。
一方、ギルドの中ではカティアがひとり、真実に気づきはじめています。
次回、第14話では、“矛盾”がいよいよ表沙汰になりかける展開へ。




