第12話「ひとつの噂、ふたつの真実」
「なあ……まただってよ。死骸が、ないらしい」
「返り血もないんだと。あのテイマー、やっぱり変だよ」
ギルドの片隅、ひそひそ声が飛び交う。
依頼の報告書に記されていたのは――“素材のみ”。
本来あって然るべき“血痕の染みがついた装備”や“肉片の残留”が、まるで初めから存在しなかったかのように消えていた。
「普通、戦った後って、多少は汚れるもんだろ。けど、あいつ……いつも綺麗すぎるんだ」
「魔法使いでもないのに、痕跡を消せるってのか?」
誰も知らない。
スライム型の仲魔――モモンが、魔物の死体や血液を吸収・分解することで、“戦いの証拠”をすべて処理していることなど。
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「依頼主は……またアベルさんか」
「はい。でも、今回の依頼、報酬はたったの320ルムですよ?」
受付嬢のカティアが、少し気まずそうに言う。
「村外れの古井戸から異臭がするそうです。魔物が棲みついている可能性が……」
「誰も受けなかったのか?」
「危険な割に報酬が低いってことで……」
さらに声をひそめて続ける。
「実は、以前似たような井戸調査で**“魔獣化”した個体に襲われた冒険者がいて……**」
魔獣化――それは、強い魔素に長時間さらされた魔物が、理性を失い、異常進化を遂げた状態。
硬化した皮膚、増殖した筋繊維、暴走する魔力回路。
下位種でも、上位種に匹敵する危険度へと跳ね上がる、自然災害に近い存在。
「なるほど……行くよ」
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古井戸に到着。辺りには沈黙と冷気が満ちていた。
モモンが静かにスキャンを始める。
「スキャン範囲、半径15メル……下に、でっかいのいる」
“メル”とはこの世界の距離単位で、1メル=約1メートル。
モモンの成長により、探索精度も上昇していた。
「ミル、準備」
「うん、いつでも!」
ミルの右脚には、新たに装着された簡易鉤爪。
これは、レイルが以前納めた跳猿の爪素材を基に、鍛冶屋ドロックが鍛造した試作品だ。
鉄と魔物素材を合わせたハイブリッド武装。軽量かつ鋭い切れ味を持ち、今やミルの相棒といえる。
そのとき――井戸の底が激しく揺れた。
「来る……!」
跳ね上がってきたのは、腐敗臭を放つ巨大鼠。
本来は小型獣であるはずが、体長は2メルを超え、赤黒い眼に異様な光を宿していた。
「魔獣化個体……!」
普通の魔物ではない。
再生能力、攻撃性、持久力、どれをとっても格上。
討伐失敗は、即ち“死”に直結する。
「ミル、回り込め!」
「了解っ!」
ミルは跳躍。
右脚の鉤爪で鼠の背を斬り裂き、落下と同時に横腹へ追撃。
モモンが液状化して鼠の脚へ絡みつき、毒と強酸で浸食。
「ヒィィッ」という悲鳴のような唸りを残し、鼠は沈黙した。
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「魔素の濃度、まだ残ってるな……」
スキャンによって地中の残留魔素を確認。
あの鼠は、ここに巣食う“災厄”のほんの一端――
「今の俺たちじゃ、まだ届かないか」
レイルは井戸を見下ろしながら、小さく呟いた。
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帰還後、アベル氏は言葉少なに報酬を渡す。
「助かった。君がいてくれて、本当によかった」
それだけを残し、立ち去った。
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鍛冶屋ドロックの店では、素材を差し出すと、無言でいくらかのルムが渡される。
「跳猿の牙と爪、役に立った。あの鉤爪、しっくりきてたろ?」
「……うん。感謝してる」
「次も作ってやるよ。そいつが壊れた頃にな」
不器用な言葉。でもそれが、職人なりの信頼だった。
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【ギルド掲示板・夜のささやき】
「魔獣化だってよ、今回の相手」
「ベルトンが言ってた内容と違うじゃねぇか……」
「誰が本当のこと言ってんだか。あの出来損ない……いや、もしかしたら……」
「なあ、アベル氏があいつを贔屓するの、偶然か?」
「“裏”があるんじゃないのか……?」
静かな噂。だけど、それは確実に広がっていた。
レイルの財布事情(第12話)
•前回所持金:630ルム
•依頼報酬:+320ルム(古井戸の異臭調査)
•支出:−130ルム(食費3日分90ルム+包帯・薬草補充40ルム)
•素材売却:+50ルム(鼠の皮・爪など)
▶ 現在所持金:870ルム
•【スキャン能力】:モモンは現在半径15メル(15メートル)の立体探査が可能
•【鉤爪素材】:跳猿の爪が活用され、ドロックが鍛造したミル専用武器
•【魔獣化の危険性】:魔素汚染による異常進化、再生・耐久・暴走性が極めて高い




